君を攫う

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そのまま有無を言わせず黙ったまま、一眞を自分の車へと乗せた。 何かを言いたげに一眞が自分を見つめている事が分かったがあえて無視した。 そうして車に乗ってしまえば一眞は覚悟を決めたのか大人しくそのシートに座った。 着の身着のままだったため、東京を出る前にお洒落な一眞が好みそうな店へと寄って服を何着か購入し、そして自分の分も用立てる。 祈織の分は一眞が選んでくれた。 まるで本物の恋人のようで終始くすぐったい様な気分のまま買い物を済ませ、そのまま首都高のインターチェンジを潜る。母親が大阪に行く前に乗っていた古ぼけた軽自動車に一眞を乗せて西へと走った。 どこまでも続く道を西へと。 途中、サービスエリアによって休憩をとりながらおいしいと評判のパンや飲み物を買って向かった先は小さな港町だった。 山の斜面の段々畑に蜜柑がたわわに実っている。 港の傍の大型ショッピングモールで食料品と下着などの日用品を買い込むと、祈織はひたすら両脇に蜜柑の生える急な坂をエンジンをふかして登って行った。 そうしてふと視界が開けたところにある一軒の古びた家の庭先へと車を入れた。エンジンが止まれば山の斜面をゆったりと羽ばたくとんびの声が響く。 「一眞、鍵を貰ってくるからここで待っていてくれる?」 「わかりました」 祈織の言葉に頷き、一眞は祈織の手を借りて自らも車の外へと降りた。 鳥の声が響き、ふたりは同時にそちらへと目を向けた。 庭先から見えるのは一面の蜜柑畑と先程通ってきた町、そしてその先の海だった。海からはだいぶ距離があるはずなのにほんのりと潮の香りのする風を吸い込む。 「綺麗だ……」 思わず見とれるほどの絶景に零れるよう感嘆する。 落ちかけた夕日が背後から海を照らす。時折白波を立てるその濃い青にどうしてか胸が騒いだ。 胸を押さえればとくとくと波打つ心臓が少し乱れる。 懐かしいような、切ないような。 祈織はどうしてか泣きそうになりながら複雑な気持ちでその海を見つめた。 本当にこんなことをしてしまって良かったのか。今更な思いが祈織を満たす。底から震えるような恐怖が昇ってきて祈織はぶるりと震えた。 今からでも遅くない。今日はここに泊まって明日帰れば許されるだろうか。そう、弱気になった時だった。 「世界が祝福してるみたいだ」 祈織のそばに立ち同じ光景を眺めていた一眞が呟いたのにハッとして見上げる。 どこか楽しそうなその表情に見えていた景色がガラリと変わる。たった一言に全てを赦されたような気になった。 キラキラ、キラキラ、輝く海、散りばめられていく星たち。 まるで生きているものすべてを称賛するような地球の鼓動を感じるそれに祈織は息を吐いた。
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