君を攫う

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「祈織さん?」 不思議そうに祈織を見つめる一眞が眩しくて祈織は目を細めた。 「ごめん、鍵、貰ってくるね」 そう言って一眞をその場に残して隣の家へと向かう。インターホンを押せばひどく懐かしい隣人の顔に祈織は笑顔を作った。 「まぁ、もしかして祈織くん?」 「お久しぶりです、吉田さん」 「立派になって!」 祈織を覚えていてくれたらしい。 祖母の友人でもある彼女から預けていた鍵を貰い、サービスエリアで買った土産を渡して挨拶をする。 「一眞、お待たせ」 祈織は急いで一眞の元へと戻る。ぼんやりと海を見ていた一眞は祈織を見つめてほっとしたように笑った。 「ここ、祈織さんの知り合いの家なんですか?」 周辺を含めぐるりと平屋を見上げて一眞は問いかけた。 「うん。俺の母方の祖母の家なんだ。今は少し身体を壊して入院しているから誰もいないけど……お隣さんとは昔から親しくお付き合いしてるから家の管理を含めて鍵を預けていたんだ」 それを貰って来たのだと、古ぼけた旧式の鍵を見せた。 「へぇ、なんか田舎ならではの信頼関係ってやつですね」 赤茶色のトタン屋根の平屋は映画やドラマで出てくる昔の家そのものだ。海風に煽られところどころ錆びついているのが情緒を醸し出す。 玄関先に植えられた大きな黄色い実のなった木を一眞がじっと見つめるのに祈織は鍵を開ける手を止めた。 「夏蜜柑だよ」 「夏蜜柑?」 こんな季節なのに?と思っているように一眞が眉を寄せたのが分かって、祈織は小さく笑ってその実を指先で撫でた。 「夏に実をつけて冬を越えて収穫するんだよ。黄色くておいしそうに見えるけど、今食べても酸っぱいだけでおいしくないんだ。これからもっと寒い時期に収穫してしばらく寝かせてから食べるんだ」 「へぇ……そうなんですか」 祈織も小さい頃に早く食べたいとよくねだったものだった。 祈織の豆知識に感心する一眞に笑うと、格子と曇りガラスの引き戸玄関から中に入る。 そこから上がり框があって廊下が続く。ぐるりと巡らされた廊下を辿り庭に面した部分の雨戸を開けば、 先程祈織たちが見た景色が家の中からでも見渡す事が出来た。 「すげー! 家からこんな絶景が見えるのすごいですね!」 一眞が感嘆の声を上げるのに祈織は目を細めた。 どこか子供っぽいそのさまに無理やり連れて来られた事を憂いている様子はなく、気になっていただけにホッと胸を撫で下ろす。
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