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最近の仕事の話や友人の話、現場で面白かったことなどを面白おかしく一眞は祈織に話して聞かせる。
聞いていて飽きないし、ころころと変わる表情を見ているのも楽しい。
久しぶりに楽しい夜を過ごせたと一息ついた時だった。
「お待たせしました」
祈織もよく知っているバイトの女の子が澄ました顔で祈織と一眞の前に頼んだ覚えのないデザートを運んできた。
この店の売りでもあるティラミスの上にはパチパチと弾ける花火が飾られ、ベリーやオレンジなどの果物とクリームで彩られたプレートにはbuona fortuna!の文字がチョコソースで書かれていた。
「え……?」
驚いて顔を上げれば悪戯っ子めいた一眞の笑みがあった。
「デザートくらい奢らせてください」
「っ……」
その言葉にハッと息を飲む。先ほど一眞がトイレに立った際にマンマと話をしていたことを思い出した。もしかしたらその時にお願いしたのかもしれない。
チョコソースで書かれた文字はたしかイタリア語で「幸運を」という意味だったと思う。
「祈織さんの演技が一人でもたくさんの人に届きますように」
「……かっこいいなぁ、一眞は」
照れたようにそう言って笑う一眞に胸がいっぱいになった。
祈織のため息をつくような言葉に一眞が赤くなる。そしてそれを誤魔化すように一眞は立ち上がった。
「みなさーん! 僕たちの新たなチャンスを祝して、『ボーナフォルトゥーナ』、ご唱和お願いしまーす!」
「今日はワインのサービスよ!」
マンマの声かけにバイトが準備していましたとばかりに冷えたグラスワインを配って歩く。
ほぼ満席の店内が一眞とマンマの声かけにわっと沸き立った。人をこうやって乗せるのも本当にうまい。
店主やバイトもそれぞれにグラスを持って楽しそうにスタンバイする。
「せーの、」
「「「ボーナフォルトゥーナ!」」」
一眞の声に合わせてそれぞれがグラスを掲げ店内は一つになった。
仕事がなくても、祈織は本当に幸せ者だ。
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