可愛い後輩

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祈織は刺すような痛みを胸の内に感じる。 もうずっと、彼らが付き合い始めてから何度も感じた痛みだ。 どうしてそんなに瑞希がいいんだ、と思ってしまう醜い感情。 本当は瑞希より先に祈織の方が一眞のことが好きだった。 もともと女性よりも男性が好きだと気づいたのは小学校の時の若い担任の男性教師に恋をした時だ。 自分はみんなとは違う。 多様性の時代になってきたとはいえ、まだまだそういった性的志向は奇異の目を向けられる世の中。 だからこそタレント、俳優としてその性癖がバレてしまったらおしまいだという思いと初めて慕ってくれた後輩をそんな目で見てしまうことが怖くて祈織は自分の気持ちを胸の深くに押し込めた。 もしかしたら瑞希はそんな祈織の臆病さに気づいていたのかもしれない。 瑞希が珍しく一眞と付き合うけどいいかと祈織に聞いたことがあった。俺の許可はいらないだろと笑ったことを思い出して、胸の奥に小さな棘が刺さったようにちくちくと鈍く苦しめられる。 この痛みは一体いつまで続くのだろう? 祈織は一眞に見られないよう自嘲気味な笑みを浮かべてゆっくりと目の前に停まるバスを見つめた。 「またね、一眞」 「はい! 気をつけて帰ってください」 一眞はこの先の地下鉄で帰る。祈織は乗ったドアのすぐ後ろの席に座ると車窓から一眞を見下ろした。 今日はありがとうと伝えたくて、半分曇ったガラスに指でThanksと書く。それを見た一眞が笑った。 「s、逆ですって」 一眞に見えるように反対に書いたはずなのにsがうまく書けなかったらしい。sの部分のガラスをとんとつつく満面の笑みの一眞に祈織も笑顔になる。 冗談交じりにその文字の最後にハートを描けば、一眞も合わせるようにそれを指でなぞった。 バス待ちの最後の人が乗ってドアが閉まれば一眞がバスから離れる。動き出したバスに合わせるように祈織は一眞に手を振った。 一眞は笑顔で手を振り返す。見えなくなるまで見送ってくれるその優しさが苦しい。 そんな優しいところが好きだった。 そう思って祈織は自嘲気味に笑う。 好きだった、ではない。 「今だって好きだよ」 小さく呟く言葉に窓ガラスが白く曇る。ふざけるように指で描いたハートに無性にむなしくなった。 きゅっと音を立ててハートを消せば涙のように水滴が落ちる。 ひどくみじめな気がして、祈織は濡れるのも厭わずこつりとその窓に頭を預けた。
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