記憶喪失

1/9
前へ
/111ページ
次へ

記憶喪失

エキストラの仕事の帰り道、コートの中で震えるスマートフォンに気づいて取り出せば倫太朗の名前が表示されていた。この前は会えなかったから久しぶりだと通話を押す。 「倫太朗、久しぶり。元気だった?」 住宅街の薄暗い道をのんびりと歩きながら問いかければ、電話の向こうの人物はどこか切羽詰まったように喚いた。一瞬何を言ったか分からなかったのも無理はない。彼はそれだけ思いもよらない事を祈織に告げた。 「……どういうこと!?」 祈織は声を荒げてその歩みをピタリと止めた。 しんと静まり返った深夜の住宅街に祈織の声は良く通った。 「……どういうことなの? 倫太朗」 祈織は混乱した頭でスマートフォンを持ち直すと、今度は冷静な声を装って聞き返した。深夜帯であることを思い出したことと、己が落ち着く為でもある。 『どうもこうもないですよ、一眞が交通事故にあって病院に運ばれました! 命に別状はないんですけど、意識が戻らなくて。医者はじきに戻るっていうけど俺、どうしていいかわかんなくて。すみません、思わず祈織さんにかけちゃって』 祈織の冷静な声の中に焦りを感じ取ったのか、逆に倫太朗の方は最初よりも幾分落ち着いたようだ。祈織も大きく息を吸い込み吐くと少しばかり落ち着いた。医者、というくらいだから倫太朗は病院にいるのだろう。まずは現状把握だ。 「いいよ。連絡くれてありがとう。でも、どうしてそこに倫太朗がいるの?」 『俺、今日仕事上がりに一眞のとこ泊る予定だったんです。待ち合わせが近くで待ってたら事故があったみたいで興味本位で見に行ったらちょうど一眞が救急車に乗せられた時で』 なんというタイミングだろう。だが、事故後すぐに一眞の身元が分かったのは僥倖だ。 『とりあえず言われるままに救急車乗って、病院着いたら着いたで関係各所に電話しろって言われて、俺』 少し冷静にはなったようだが、やはりパニックになっているらしい。 「そっか、まず俺に電話くれたんだね。わかった、色々こっちから連絡するから倫太朗は一眞のそばにいてあげて」 『よかった! やっぱり祈織さんに電話して正解だった!』 心底ほっとしたような倫太朗の声。
/111ページ

最初のコメントを投稿しよう!

634人が本棚に入れています
本棚に追加