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そうして一眞は安達に瑞希が自分を迎えに来た日のことを話した。
安達は一眞の言葉を探すような話に苦虫を噛み潰したような顔をする。
「頭の中では分かっているんです。俺は瑞希と付き合ってて、あいつのことをちゃんと恋愛感情で好きだったんです。ここ最近は我儘でどうしようもなくて、腹が立つことも多かったんですけど、本当は誰より祈織さんのこと慕って、祈織さんの演技が大好きで、勝手に祈織さんに憧れる同志みたいに思っていたから一緒にそんな話するのも楽しかった。不安定だったのを支えてやりたいと思っていたことも本当なんです」
一気に自分の気持ちを吐露して一眞は続けた。
「祈織さんのことは……本当にただ憧れて役者として尊敬していて人としても大好きだった、そこに恋愛感情はなかったはずなんです……だから記憶が戻ったのなら元に戻るべきだってわかっているし、祈織さんにも拒絶されたのに……それなのにどうしてか祈織さんのことばっかり考えちゃうんです」
「……」
一眞が言葉を途切ると同時、ちょうど一眞のアイスティーが運ばれてくる。
安達は黙ったままコーヒーを口にした。少し温くなったブレンドは安達の心中を察するように苦い。ゆらゆらと揺れるその深い焦茶色の表面をじっと見つめた。
そうして一眞が答えを探すように安達を見ていることに気付き、重い口を開いた。
「……祈織くんにほだされたましたか?」
「……分かんない、です。でも、……だって笑うんです」
一眞はまた何かを探すようにたわわに実った夏蜜柑を見つめた。
「祈織さん、今までもいつだって優しかったけど、俺の事見て見たこともない甘い顔で笑うんだ」
愛しむような視線、優しい眼差し。柔らかな声で紡がれる愛の言葉。
それらすべてが一眞の心を揺さぶった。最後の祈織の言葉が嘘だと思えるほどにその瞳は饒舌だった。
「祈織さんが俺のこと好きだったって分かって、ほんのちょっとでも恋人として過ごした時間は嘘じゃなくて……それなのにあんな風に俺のこと突き放して……俺は……どうしていいかわかんなくなっちゃったんです」
それに安達は小さく溜息をついた。
「……頭と心は別物です」
「安達さん……?」
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