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「もう俺やめるわ」
「え?」
「いい子でいるのやめる」
「……お前いい子じゃないじゃん」
「喧嘩売ってんのか」
チッと舌打ちをしてぎろりと一眞を見る。
「だってそうだろ、口悪いし、態度でかいし、我が儘だし」
「それは対身内だろ。外ではかなりイイコちゃんしてたつもりだけどな」
「あー……うん、まぁそっか」
確かに瑞希は身内には素を出していたが、実際外にはいい顔をしていた。それに遅刻や無断欠勤はないし誰に何を言われても手を出すこともなかった。
そういうところはきちんとしていたと思い出す。性関係だけは奔放だったが。
「知ってる? 祈織があんなことになった直後に俺がなんて言われていたか。『桐谷瑞希は宮祈織の劣化版』」
「っ!?」
思いもよらない言葉に目を見開く。あんなこととは薬物事件のことだろう。
ぐいっと残ったビールを煽って瑞希はエゴサなんてするもんじゃねぇよなと笑った。
「あの頃の俺は気負いすぎて祈織のマネばっかしてた気がする。祈織に少しでも追いつけるように。自分を偽ってそんな風に言われて迷走して、祈織のキャラじゃねぇって今の元気な屈託ないいい子ちゃんキャラに落ち着いたけどさ、それでもやっぱり無理があった。それでうまくいかなくて勝手に疲れてお前や周りに当たり散らして……最低だった。本当にごめん」
「瑞希……」
悪かったと思えばきっぱり謝ることのできるところは瑞希の尊敬できるところだ。
「うまくいくわけないよな。祈織と俺は全然違うんだから。俺は育ちだってよくねぇし、学もない。ちょっと冷静になればわかったのに……やっぱ俺バカなんだよな。それでもお前も祈織もそんな俺とずっと付き合ってくれた。失いそうになって初めてそれに気づいた気がする」
「瑞希はバカじゃないよ。瑞希は祈織さんになりたかったわけじゃない。祈織さんがあんな風に追いやられて納得がいかなかったんだ。どうにかしたかったんだろ? 祈織さんはすごいんだって知らしめたかった。祈織さんをまた俳優として光の当たる場所に押し上げたかった。祈織さんのために頑張ろうってしていたの分かっていたから。自分が頑張ればいつか祈織さんも自分がそうだったように自分のバーターでも何でもいいから表舞台に出せるようになるって考えてたんだろ。だから本当は苦手な俳優業も頑張ってた」
瑞希は一眞の言葉に黙り込んだ。
そう、それが答えだ。
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