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「……もっと演技についても助言が欲しかったし、何より傷ついた祈織のそばにいたかったってのも本音」
今回のドラマ撮影でもそうだ。現実に本物の『友樹』がいるような錯覚に陥るほど祈織の演技は自然体だ。少しでも近づきたい。
「でも、俺はそれを伝えるすべを知らなかった。俺、親にも愛されたことなんてないからな」
「そんなこと……」
付き合っていくうちに瑞希の親がネグレクトであったことは何となく聞いていた。
「俺の母親は父親が誰かわかんねぇで16で俺を生んだんだ。水商売やって男にすり寄って生きていくのは日常茶飯事で、そういうコトするには俺は邪魔だろ。だからガキの頃から男が来てからの一定の時間は外にいるのが当たり前だった。そうしなきゃ俺も生きていけねーってわかってたから」
性に奔放なのはそういった環境で生きていかなければならなかったことも要因かもしれない。それが当たり前の世界だったから。
手っ取り早く誰かの愛情が貰える手段だったのかもしれない。
そして誰かのぬくもりを欲していたのかもしれない。
「ガキの頃は何日も同じ服着てたり飯が給食だけだったり、保護や補導なんて当たり前の日常だった。祈織は俺のそんな事情を知っても変わらなかったよ。バカにする奴らをうまくあしらっていやな顔一つせずに俺の知らない常識とか中学の初期で習うような勉強なんかも少しずつ俺に教えてくれた。俺に普通の学生生活を教えて送らせてくれたんだ。もちろん一番の恩人は拾ってくれた専務だけどな。専務や祈織のおかげで俺はまだマシになったんだと思う。……お前や倫太朗だって俺のこと見捨てたりしなかったしな」
「そんなのっ…当たり前だろ」
「ははっ……俺にとっては当たり前じゃねーんだよ」
瑞希はさっぱりした顔で笑う。
まるで出会った頃の瑞希のようだと思った。男気があって情に深い。
一眞は初めて知った瑞希の今までの半生にそれ以上の言葉が出なかった。
一眞はきっと恵まれている。
平凡で健康な普通の暮らしはきっと奇跡だ。瑞希からしてみればそれは信じられないくらい幸せに見えたことだろう。
「俺のことを気にかけて好きでいてくれたお前のことが好きだ」
「瑞希……」
「……俺の気持ちは全部話した。……だから今度はお前の本音、聞かせろよ」
「っ……」
「……知ってるか? 憧れと恋愛感情は紙一重なんだよ」
一眞はまっすぐに見つめてくる瑞希を同じように見つめ返した。
瑞希の言葉に祈織を思い自分の心に問いかける。祈織のことを今どう思っているのかと。
祈織はまだ海の見える蜜柑畑に囲まれたあの家にいるのだろうか。
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