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序章
眼下に広がるみかん畑、遠くで煌めく海。
宵闇に向かう空は濃い群青と赤紫、陽の色を残すオレンジに彩られ全てがえもいわれぬ美しさで目の前に拡がっていた。
まるで異世界に紛れ込んだような迫り来る光景に、微かに香る潮の匂いと輝く宵の明星がここは現実だと教えてくれる。
本当にこんなことをしてしまって良かったのか。今更震えるような想いが祈織を満たす。
「世界が祝福してるみたいだ」
祈織のそばに立ち同じ光景を眺めていた一眞が呟いたのにハッとして見上げる。どこか楽しそうなその表情に見えていた景色がガラリと変わる。たった一言に全てを赦されたような気になった。
キラキラ、キラキラ、輝く海、散りばめられていく星たち。
祈織はきっと生涯この光景を忘れはしないだろう。
いつも一眞を見ていた。
祈織に向けられる一眞の優しさとまなざしが尊敬だと知っていたからただ一眞を見つめていられるだけでよかった。
そう思っていたのに、気まぐれな神のいたずらで一眞を手に入れてしまった。
一眞が祈織を見つめて笑う度、一眞が甘い声で祈織を呼び触れてくる度、この上なく幸せな気持ちになる。
それと同じくらい、澱のように心の底に沈む嘘の罪。
人はどうしてこんなにも貪欲なのだろう。一度手に入れたものを手放すなんてできるわけがない。
一眞を愛したことを罪と呼ぶなら祈織はきっと一生その罪を背負って生きていく。
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