ポケットの中には、爆弾

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 少年が移動した。次は、アームで人形を取る装置に興じ始めた。取った人形を、周囲の人間に配布している。  自分の金で取ったものを見知らぬ他人に渡す……この少年、頭が悪いのか?  情報端末で小学校のコンピュータに侵入して、少年の成績を調べた。予想外に、上位10%をキープしている。  次に、答案を確認……そうか、やはりな。この少年は『ギフテッド』だ。生まれつき、特殊能力を持っている。普通の人間が努力しても得られないほどの高い知能を持っている。俺の目はごまかせない。  答案のミスは全て「わざと」だ。不自然でないように、誤りが散らしてある。それが、逆に不自然だ。好成績であることを、隠そうとしているのだ。  この少年から対象物を回収するのは、想像より困難かもしれない。  視線の端に人の移動を感じた。少年はクレーンゲームを終え、ゲームセンターの出口へと向かっていた。  おっと……。  自動ドアの手前で、少年が足を絡ませて転んだ。  その勢いで、ポケットから何かが滑り落ちた。 「落ちましたよ」  偶然、近くにいた若い女性が、それに手を伸ばした。 「触るな!」  少年は大声を上げて、急いでそれを拾いあげて右ポケットに隠した。  女性は「なによ、もう」と、眉を寄せて離れていった。 ――ポケットに何か入れたぞ。小箱に見えた。もしかして、あれが対象物か。  そういえば、学校を出て以降、彼は右手をずっと、ポケットに入れたままだった。レーシングゲームをする際は、丁寧にチャックを締めていた。  間違いない。  彼は、大切に右ポケットに入れて対象物を持ち歩いている。  少年は立ち上がり、礼も言わずに店をあとにした。  端末のセンサーでスキャンするか? 持っている物が何か判明する――いや、ダメだ。危険すぎる。  回収対象に心当たりがあった――『時空接続転換爆弾』。マッドサイエンティストであるドクターZが作った悪魔の装置。俺たちは、タイムマシンを悪用しようとするドクターZを追い続けていた。  時空接続転換爆弾は、過去から未来へとつながる『時空の接続先』を変えてしまう装置。そんな事をされると、自分のいた未来に戻ろうとしても、別の時代に行ってしまう。  接続のルールを知っているのはドクターZだけ。つまり、時空の行き来を独占できるというわけだ。そんな爆弾がついに完成したらしかった。起動条件は不明。センサーによるスキャンで爆弾が起動する可能性もある。  少年は、ドクターZと繋がっている可能性がある。  いずれにしても、センサーを使わずに回収するのが得策だ。  商店街を歩く少年。先ほどまでと違い、何だか様子がおかしい。足元がふらついて、歩みがおぼつかない。  点滅が激しいゲーム画面のせいで、脳に一時的な麻痺でも起きているのか?  少年は千鳥足で、駅の改札を通った。俺も後を追う。  そして、ホームへ向かう階段をよろけながら上っていく。  病気か?  俺の知ったことではないが――と思った時だった。  少年は、体を背面にのけ反らせて背後に倒れた。  ――危ない、このままだと後頭部を強打するぞ。  俺は、無意識に階段を駆け上がっていた。そして、気が付けば、彼を受け止めていた。  数名が階段途中で立ち止まるが、声を掛けることなくホームへと上がっていった。冷たいもんだ……って、これは大問題だぞ。  ターゲットに直接、接触してしまった。  ラッキーというべきか。このまま、右ポケットを探って、対象を回収できる。 「う、ううう……」  少年が、顔をしかめて、うめき声を上げた。意識を失っているらしい。  俺は仕方なく、彼を両手に抱きかかえて階段下まで降ろした。駅員に告げて、病院に連れて行かせるか? 「あっ、おじさん。ありがとうございます!」  少年は目をパッチリと開いて、飛び跳ねるように立ち上がった。 「いやー、時々、意識が遠のくんですよね。危ない、危ない。病院送りになるとこでしたよ。助けてくれて、感謝します」  少年は両手を前に組んで、ペコリとお辞儀をした。俺は呆然とする。 「おじさん、助けてくれたお礼をしたいんだけど」 「いや……当たり前のことを、したまでだ」  俺はトレンチコートの襟を立てて、顔を隠した。 「それじゃあ、僕の気が収まらないよ」  少年は腕時計を見てから、俺に笑顔を向けた。 「これからママと、近くの洋食屋で晩御飯を食べるんだ。ハンバーグがとっても美味しいんだよ。一緒に行こうよ」 「いや、私は……」  口内で言葉を噛んでいると、少年は「こっち、こっち」と、俺の手を引き始めた。  ――いいだろう。行ってやろうじゃないか。どこかのタイミングで回収してやる。  少年の提案に乗ることにした。
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