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連れてこられたのは、商店街の中にある洋食屋。
家庭的な雰囲気が漂う大衆店だ。
母親と落ち合うのがこの店なのに、なぜ少年は駅に入ったのか?
結論は一つだ――尾行に気が付いていた。
こんな失態は初めてだ。
「いらっしゃい……今日は、お母さんと一緒じゃないんだね」
迎えたのは、初老の店員。エプロンをしているところから店長だろう。
カウンターに加えて、四人席が二つの小さな店。
「ここ、いいですか?」
四人席の一つに、ちょこんと座る。
「さあ、あなたも」
店長が俺を促す。
少年は、いきなりスマートフォンを取り出して操作していた。そして、小声で「えー」と怪訝そうに顔をしかめた。
「ママ、遅れるって。おなかペコペコなのに。ねえ、おじさん。僕、チョコレートパフェが食べたい。注文してもいい?」
俺は席に腰掛けながら、店長には見えない角度で少年を睨み付けた。
調子に乗るな。
怒鳴りつけたい気持ちを押し殺しつつ、店長の方を見た。
「じゃあ、チョコレートパフェを一つと、私は、ブレンドコーヒーを」
店長が厨房に戻ったのを確認してから、少年に鋭い視線を投げた。しかし、少年は再び、スマートフォンを操作していた。
なめやがって。
俺も端末を取り出して、彼の家族構成を確認した。
両親は五年前に離婚。母子家庭。
母親は化粧品会社に勤務。三十二歳。役職は部長。
年齢から考えると速い出世だ。少年の知性は親譲りなのか。
「ねえ、おじさん。僕に聞きたいことあるんでしょう?」
俺は、画面から視線を上げた。
「おじさんは、やめろ。俺は、お前の母親と同い年だ」
「じゃあ、お兄さん。そんなところまで調べてるんだ。さすが、エージェント」
エージェントだと! なぜ知っている!! やはり、ドクターZの一味か!!!
ドクターZは、様々な時代で自分の考えに賛同する者を勧誘していると聞く。特に、知性や運動能力に長けている者を優先しているらしい。
もし、少年のポケットに入っている対象物が、例の爆弾だった場合、打てる手は一つだ。周囲の次元を切り取って、亜空間へ飛ばしてしまうのだ。
情報端末には、その機能が備わっている。俺の命は無くなるが、仲間たちは助かる。
「貴様、目的はなんだ。ドクターZの手先か」
少年だけに聞こえるように、声を押し殺す。周囲に聞かれて、警察でも呼ばれたら厄介だ。
「ドクターZ? 誰それ? B級SFの悪役?」
「とぼける気か。いいだろう。道連れにしてやる」
「道連れ? 怖い、怖い。それは穏やかじゃないね。じゃあ正体を教えてあげる。僕は――」
その時、店のドアに掛かっていたベルが、甲高い音を立てた。
「いらっしゃーい」
店の奥から店主が声を響かせる。
「あっ、ママ!」
少年は椅子から立ち上がると、無邪気な笑顔を作って女性の方へ走り寄った。そして、お腹の辺りに飛び込んで、腰に手を回した。
「こらこら、人前で恥ずかしいでしょ。まったく、甘えん坊なんだから」
この少年が……甘えん坊だと!?
「こちらの方は?」
少年に手を引かれた女性。目があった瞬間に俺は、背筋から脳に掛けて電流のようなものが走るのを覚えた。
ふんわりとウェーブを掛けた黒髪。少し釣り上がった目元に、知性的な大きな瞳。顔はほんのりと笑んでいるが、視線は明らかに俺を品定めしていた。
美しい。
返答の言葉が出ない。
こんな事は初めてだ。
エージェントという仕事柄、強い女性が好みだ。
未来にも美しい女性はたくさんいたが、作られた美しさだ。未来では整形が権利として認められている。俺は、そんな人工的な美しさに嫌気がさしていた。
しかし、彼女は違う。天然の強さと美しさだ。
「このお兄さんは、さあ――」
少年の言葉に我に返る。俺は少年を助けた。そのお礼がしたいと言われた……そんな流れだった。
「僕が、助けたんだよ!!」
「えっ?」
俺と母親は、顔を見合わせて驚きの声を上げた。
――お前が、俺を助けただと! 設定が入れ替わっているではないか! この少年は、一体、何がしたいのだ?
「あ、ああ。そうなんです、息子さんに……えっと……危ないところを助けていただいて」
「お兄さんが、お礼がしたいって言うものだから、連れて来ちゃった。ダメだったかな?」
訴えるように目を潤ませる少年。まるで、一流の子役だ。
「そうだったんですね、そんな事情があったとは知らず。じゃあ、息子の武勇伝、聞かせていただこうかしら」
母親が椅子の背に手を掛けたとき、ハンドバッグの中から呼び出し音が鳴った。
「ちょっと失礼します。何でしょう、会社かしら」
母親は、バッグに手を突っ込みながら、早足で店外へ出て行った。店内で話すのは、迷惑だと思ったのだろう。
ちょうどいいタイミングだ。
俺は表情を引き締めた。
しかし、少年は気にする様子もなく、自分のスマートフォンを俺に見せた。表示は『通話中』になっている?
「匿名でママに電話したんだよ。二人で話しておきたくて」
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