ポケットの中には、爆弾

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* * *  連れてこられたのは、商店街の中にある洋食屋。  家庭的な雰囲気が漂う大衆店だ。  母親と落ち合うのがこの店なのに、なぜ少年は駅に入ったのか?  結論は一つだ――尾行に気が付いていた。  こんな失態は初めてだ。 「いらっしゃい……今日は、お母さんと一緒じゃないんだね」  迎えたのは、初老の店員。エプロンをしているところから店長だろう。  カウンターに加えて、四人席が二つの小さな店。 「ここ、いいですか?」  四人席の一つに、ちょこんと座る。 「さあ、あなたも」  店長が俺を促す。  少年は、いきなりスマートフォンを取り出して操作していた。そして、小声で「えー」と怪訝そうに顔をしかめた。 「ママ、遅れるって。おなかペコペコなのに。ねえ、おじさん。僕、チョコレートパフェが食べたい。注文してもいい?」  俺は席に腰掛けながら、店長には見えない角度で少年を睨み付けた。  調子に乗るな。  怒鳴りつけたい気持ちを押し殺しつつ、店長の方を見た。 「じゃあ、チョコレートパフェを一つと、私は、ブレンドコーヒーを」  店長が厨房に戻ったのを確認してから、少年に鋭い視線を投げた。しかし、少年は再び、スマートフォンを操作していた。  なめやがって。  俺も端末を取り出して、彼の家族構成を確認した。  両親は五年前に離婚。母子家庭。  母親は化粧品会社に勤務。三十二歳。役職は部長。  年齢から考えると速い出世だ。少年の知性は親譲りなのか。 「ねえ、おじさん。僕に聞きたいことあるんでしょう?」  俺は、画面から視線を上げた。 「おじさんは、やめろ。俺は、お前の母親と同い年だ」 「じゃあ、お兄さん。そんなところまで調べてるんだ。さすが、エージェント」  エージェントだと! なぜ知っている!! やはり、ドクターZの一味か!!!  ドクターZは、様々な時代で自分の考えに賛同する者を勧誘していると聞く。特に、知性や運動能力に長けている者を優先しているらしい。  もし、少年のポケットに入っている対象物が、例の爆弾だった場合、打てる手は一つだ。周囲の次元を切り取って、亜空間へ飛ばしてしまうのだ。  情報端末には、その機能が備わっている。俺の命は無くなるが、仲間たちは助かる。 「貴様、目的はなんだ。ドクターZの手先か」  少年だけに聞こえるように、声を押し殺す。周囲に聞かれて、警察でも呼ばれたら厄介だ。 「ドクターZ? 誰それ? B級SFの悪役?」 「とぼける気か。いいだろう。道連れにしてやる」 「道連れ? 怖い、怖い。それは穏やかじゃないね。じゃあ正体を教えてあげる。僕は――」  その時、店のドアに掛かっていたベルが、甲高い音を立てた。 「いらっしゃーい」  店の奥から店主が声を響かせる。 「あっ、ママ!」  少年は椅子から立ち上がると、無邪気な笑顔を作って女性の方へ走り寄った。そして、お腹の辺りに飛び込んで、腰に手を回した。 「こらこら、人前で恥ずかしいでしょ。まったく、甘えん坊なんだから」  この少年が……甘えん坊だと!? 「こちらの方は?」  少年に手を引かれた女性。目があった瞬間に俺は、背筋から脳に掛けて電流のようなものが走るのを覚えた。  ふんわりとウェーブを掛けた黒髪。少し釣り上がった目元に、知性的な大きな瞳。顔はほんのりと笑んでいるが、視線は明らかに俺を品定めしていた。  美しい。  返答の言葉が出ない。  こんな事は初めてだ。  エージェントという仕事柄、強い女性が好みだ。  未来にも美しい女性はたくさんいたが、作られた美しさだ。未来では整形が権利として認められている。俺は、そんな人工的な美しさに嫌気がさしていた。  しかし、彼女は違う。天然の強さと美しさだ。 「このお兄さんは、さあ――」  少年の言葉に我に返る。俺は少年を助けた。そのお礼がしたいと言われた……そんな流れだった。 「僕が、助けたんだよ!!」 「えっ?」  俺と母親は、顔を見合わせて驚きの声を上げた。 ――お前が、俺を助けただと! 設定が入れ替わっているではないか! この少年は、一体、何がしたいのだ? 「あ、ああ。そうなんです、息子さんに……えっと……危ないところを助けていただいて」 「お兄さんが、お礼がしたいって言うものだから、連れて来ちゃった。ダメだったかな?」  訴えるように目を潤ませる少年。まるで、一流の子役だ。 「そうだったんですね、そんな事情があったとは知らず。じゃあ、息子の武勇伝、聞かせていただこうかしら」  母親が椅子の背に手を掛けたとき、ハンドバッグの中から呼び出し音が鳴った。 「ちょっと失礼します。何でしょう、会社かしら」  母親は、バッグに手を突っ込みながら、早足で店外へ出て行った。店内で話すのは、迷惑だと思ったのだろう。  ちょうどいいタイミングだ。  俺は表情を引き締めた。  しかし、少年は気にする様子もなく、自分のスマートフォンを俺に見せた。表示は『通話中』になっている? 「匿名でママに電話したんだよ。二人で話しておきたくて」
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