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少年は、スマートフォンを耳に当てた。
「宅配が届いてまして、ご不在でしたので持ち帰りました。えっと、照会しますので少々、お待ちください……で、電子音を流してっと。これで何分か稼げる」
「大人をなめてんじゃねえぞ。俺はなあ、お前みたいな、頭のいいクソガキが大嫌いなんだよ」
「いやー、それは困るなあ」
「困るだと?」
「だって、お兄さん、僕のお父さんになるかもしれないんだから」
「何だって!!」
俺はテーブルを平手で叩いてしまった。
ふざけるな!
母親が、美しい女性なのは認める。だが、俺が父親だなんてありえん。
「はい、これ見て。おととい、届いたメールだよ」
俺は、少年が差し出したスマートフォンを手に取った。
『以下は、君の運命を左右するものだ。俺は、時空を管理する未来のエージェントだ。あさって、トレンチコートを着てお前を尾行する。何か持っているように見せかけて、男の気を引け。そして、お前の母親に引き合わせろ。端的に言う。俺は、お前の母親に一目惚れした』
目が見開かれ、ポカンと口が開いていくのを感じた。
「ドクターZの一味じゃないってことか?」
「だから、それ誰?」
とぼけている様子はない。ということは、本当に……。
「おじさん、合格だよ」
「合格?」
「僕を、階段で救った。あそこで見捨てるような人間なら、ママを紹介することはできなかったよ」
「試したということか」
俺がスマートフォンを返すと、少年は「そうだよ」と無邪気に笑った。
「俺が助けなかったら、お前は、大けがしていたぞ」
あの角度で階段から転げ落ちたら、命にかかわる。
「僕さあ、頭だけでなく運動神経もいいんだよね。あれくらいの高さなら、宙がえりして、着地って感じ」
そうか、頭脳だけでなく運動能力も備えたギフテッドか。極めてレアだ。
「さあ、今すぐメッセージを送って。過去の僕と、未来の自分へ。ママが帰って来ちゃう」
「ああ……メビウスの輪にはまってしまったか」
俺は、大きなため息をついた。
メッセージを送ったら、未来の俺が動き出す。そして、過去に来て、再び未来へメッセージを送る。卵が先か鶏が先か分からない無限ループ。
「教えてあげよっか。それって『運命』って言うんだよ」
腹を決めるしかなさそうだ。一目ぼれなど生まれて初めて。ここで、彼女を諦めるのは惜しい。
俺がメッセージを送っている間、少年は、声色を変えて母親の電話に出て「配送先が謝ってました」と告げた。
「これで、満足か?」
「あとは、お兄さん次第。うちのママ、美人だけど気が強いから。がんばって。そうだ」
少年は、俺に手を伸ばした。握手を求めていると思い、右手を差し出す。
「違う、違う。その端末、渡して。僕が破壊する。エージェントなんて危険な仕事を続けるなら、ママは紹介できない」
端末がないと未来に帰れない。少年は、それを分かっている。
「ママか、仕事か、二者択一だよ」
そうだな……生きるか死ぬかの境目で仕事をするのも、そろそろ潮時だと思っていた。
普通の生活をするのも悪くない。
端末を差し出したが、俺は、少年が受け取る前にとっさに引き戻した。
「交換条件がある」
予想外の俺の行動に、少年は眉をひそめる。
「お前のことは嫌いだけど、有能なのは認める」
「だから?」
「大きくなったらエージェントになれ。鍛えてやる。時期が来たら、俺が連絡して推薦してやる。それまで端末は、お前が持っていろ。どうだ?」
エージェントは、慢性的な人材難だ。
各時代でリクルート活動をしているが、補充が追い付かない。この少年には、十分な能力があり、それを持て余している。
「うーーーん。そうだね。うーん。分かった、乗った。面白そうだから」
俺は端末の電源をオフにして、少年に渡した。
こんなタイミングでエージェントを辞めるなど、想像していなかった。
少年は端末を受け取ったあと、右ポケットをまさぐって何かを取り出した。
「はい、これ」
少年がテーブルに置いたのは、白い小箱。これが……俺の気を引くための対象物か。
「なんだ?」
「最後のサポートだよ」
俺は、箱を手に取って開いた。
中にはネックレスが入っていた。細い金属製のチェーンに、可愛らしい飾りがぶら下がっていた。
「ママは、四つ葉のクローバーが大好きなんだ。僕がおじさんの命を救ったことにする。おじさんは、何かお礼をしたいと言った。僕は『じゃあ、今日はママの誕生日だから、ママにプレゼントを買ってあげてほしい』と言った。そんな設定でどう?」
少年は、そんな筋書まで用意していたのか。
高級なものには見えない。小遣いで買うのはこれが限度だったのか、それとも、最初のプレゼントは高級すぎないほうが良いと考えたのか。
「すみません、間違い電話だったみたいで……」
「あっ、ママ。おかえり!」
俺はとっさに、小箱をテーブルの下に隠した。
「いえいえ、どうぞお掛けください。本当に素晴らしい息子さんをお持ちで――」
さらば、エージェント。
さらば、エキサイティングな日々。
いや、これは、新たな挑戦の始まりかもしれない。
(了)
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