砕けたハートがポケットにいっぱい

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私は近くのお店への買い物を終え、家へと歩いていた。 途中にある公園が見えてくると反対側から保育園児たちが先生と大きな声で歌いながら歩いてきた。 今日の空はとても青く雲は白く、絶好の外遊び日だろう。 みんなの笑顔が太陽みたいに眩しい。 私は少しでも子供たちの笑顔が見たくて、歌声が聞きたくて歩調を緩めた。 園児たちが歌っていたのは・・・ ♪ポケットの中にはビスケットが一つ・・・ (あっ、この歌は・・・) 私の胸の鼓動が早まった。 「同じ年頃の頃の大樹が好きだった歌だ。手をつなぎながら一緒に歌いながら歩いたっけ・・・」 思い返すとこの頃の大樹は友達と遊び、笑って、歌って・・・。 このまま変わらず過ごせるはずと思っていた。 特に誰かに何かをされたとかはない。ただただ大樹がみんなとは違う世界に行ってしまった。 この頃には想像の出来ない未来が今だ。 今、大樹のポケットには何が入っているんだろう? 私のポケットには細かく砕けたハートが入っている気がする。 彼の顔が変わり、何かにとりつかれたかのような言動に接する度に、私は大きな息を吐き、心をつかんでいた。 そうしないと・・・ 「ただ今。」 大樹の靴がある。 「ずっと家にいたんだ、やっぱり。」 独りで外出されたらされたで心配だが・・・。 大樹の部屋をノックした。 返事はないが、ゆっくりとドアを開けた。 大樹はヘッドフォンをしながら、パソコンをしていた。 「かあさん、お帰り。」 ヘッドフォンを外しながら私の方に顔を向けた。 小さくくぐもった低い声で言うものだから、聞き取りにくい。 でも穏やかで優しい顔。 (ああ、何もなければこんなにいい顔しているのに。) ところが・・・ 「プリンとゼリーを買ってきたけど、どっちがいい?」 選ぶ事が苦手な大樹。 先程とはうってかわって、顔つきがこわばる。 (あ、だめか。しまった・・・) 「う~・・・」 とつぶやき、頭を抱えてしまう。 「あ、ごめんごめん。プリンにするね。」 これぐらいなら大丈夫かなと思っても、大樹がいつどんな時にこうなってしまうのかはわからないから、日々、気を使う。 ベッド、本棚、机で部屋が埋め尽くされている狭い空間。 机の向こう側から見える窓からの空の眩しさにため息が出る。 いつからだろう・・・ 大樹がこの気持ちの良い空の下にいる事を望まなくなったのは・・・ バルコニーに出て見上げる空は本当に気持ちがいい。 道路を学生たちがふざけあいながら歩いている。 「聞いたことあったかな?」 大きなリュックを背負っている青年たちが自転車で颯爽と走りさる。 「楽しそうだな・・・」 これからも聞くことは出来ないだろう。 ありがたい事に主人が残してくれた生活資金があり、私の健康な体ももう少し持ちそうだ。 どちらかが先に終わりが見えそうになったら、何もしない出来ない大樹と共にあそこに行こう! 私はまた青く広い空を見上げた。
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