四つの願い

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第3章 「あの女性はどうしてずっと寝込んでいるかわかるかね?」 僕は突然自分の横に現れたその存在に身体がびくっとした。 「あなたは誰ですか?」 「私は彼女をずっと見守ってる者だが」 「見守ってるって?」 「ああやってずっとベッドにいるんだ。かわいそうだと思わないかね」 「ずっとって、どれくらいですか?」 「もう5年になるかな」 「5年?」 「うん」 「じゃあ風邪じゃないんだ」 「風邪で5年も寝込む人がいるかな」 「そうですが、ではいったいどんな病気なのですか?」 「神を呪う病気だよ」 「神を呪う病気?」 僕はそんな病気などないだろうと言い掛けた。すると彼はすかさず右の手の平を僕の前に突き出して、こう言った。 「咳が出たり、熱が出るのは風邪だ。しかし風邪と言っても原因がよくわからないこともある。彼女もそれがために神を呪うようになったが、原因はよくわからないのだ」 僕はそれを聞いて、なんとなく納得してしまっていた。 「どうにか治らないのですか?」 「原因がわかれば治すことも可能なのだろうけど」 「そうなんですね」 僕は彼女がずっと風邪だとばかり思っていたので、もう5年もの間、ああしてベッドの上で過ごしていることを知らされて唖然とした。 「同情するかな?」 「そりゃ可哀そうですよ」 「可哀そうか……」 「だってどうしようもないし」 「どうしようもないか」 僕は彼のその言葉がまるで自分を責めているように聞こえた。 「だって、あなただって見守ってるだけでしょう?」 それでそう言い返してみたが、却って余計虚しさを感じた。 「私にはその力がないが、君は違う」 「僕が違うってどういうことですか?」 「君には彼女を救うことが出来ると言ってるのだよ」 「どうして?」 「それは君がここにやって来たからだよ」 「ここに来たから?」 「そう。だから君には彼女を救うことが出来るのさ」 「でも彼女を救えると思って自らここに来たのではないのですよ?」 「人と人が出逢うのは意識せず起きることさ。しかしそれから親友になったり、 恋人になったりすることだってある。最初からその場に行って、その人と出逢って、 仲良くなろうなんて思う人などいないはずだ。その人の存在だって知らないわけだしね」 僕はそう言われて改めて彼女のことを見た。すると先ほど薬を飲んで寝入ったばかりなのに、もう目を開けていた。しかしそれでもベッドから起きて来ることはなく、そのまま布団にくるまってじっとしているだけだった。 「どうしたら彼女を救うことが出来るのですか?」 「救いたいかね?」 「僕の力でそれが可能なら」 「それは君の覚悟次第だ」 「何をすれば?」 「難しいことじゃない」 「どんなことですか?」 「ただ願えばいいのだよ」 「願う?」 「そうだ」 「なんて?」 「彼女を救いたいと」 「え?」 「うん。それだけだ」 そこで僕は願ってみた。彼女を救いたいと。 第5章 目の前を歩く人のうぐいす色のニットがとても素敵だった。 私もあんな色の服が欲しいと思った。 今日は陽気も良く、外出にはもってこいの日だった。 「すみません」 (え?) 足元がふらつく中、私は横断歩道の手前で誰かに声を掛けられた気がした。 「ちょっとお尋ねしたいのですが」 「え?」 私は何かの勧誘かもしれないと思いながらも、それを振り切って前に進めるほど体調は良くはなかった。それで仕方なくその場に立ち止まった。今まで目の前にあったうぐいす色のニットが遠くなっていった。 今日は病院で定期健診の日だった。事前に予約をしてその健診を受けるのだが、朝起きた時の調子ではそれをキャンセルすることもしばしばあった。今日はそれが比較的良く、病院の往復くらいは大丈夫だろうと、とぼとぼと歩いているところだった。 私が横断歩道を渡るのを断念して立ち止まると、歩行者用の信号が急に点滅し出した。そしてその直後に大きな音がしたかと思うと、辺りが騒然となった。 (どうしたんだろう?) 私がその場に立ちすくんでいると、やがて救急車のサイレンが聞こえて来て、横断歩道の真ん前で止まった。 救急車からあわてて降りて来る救急隊員の姿を目で追うと、その先に大型トラックが道路沿いのお店に頭から突っ込んでいた。 (事故?) そう思ってトラックの運転手の安否を確認しようと運転席辺りを凝視すると、ボンネットとお店の間にうぐいす色のニットがはさまって見えた。それは間違いなく私のすぐ目の前を歩いていた人のものだった。 「あの大型トラックが横断歩道に凄いスピードで突っ込んで来て、そのままあそこにぶつかったんだんだよ」 周りでそんな声が聞こえた。 「横断歩道を渡ってた人を巻き込んだみたいだね」 そういう声も聞こえた。 「あ」 その時私は、私に声を掛けて来た人のことを思い出した。あの人、どこに行ったのだろうかと思った。周りを見てもどの人がその人か判断がつかなかった。きっと野次馬の一人になって、トラックの近くに行ってしまったのだろうと思った。 (でも、命拾いした) 私はそう思った。もしあの時、あのまま横断歩道を渡っていたかと思うと体中が凍りついた。もし誰かが私を呼び止めなかったら、確実に私はあのうぐいす色のニットの後について、あの横断歩道を渡っていたのだから。
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