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第10章
僕はそのカフェでは見晴らしが良い窓際の席を選んだ。でも、あまりにも陽気が良くて、居心地も良く、いつの間にかうたたねをしてしまったようだった。
どれくらい寝てしまっていたのだろうか。しかし、ここに入って来た時間も覚えてなかったので、それを推測することは出来なかった。
「うわあ、懐かしい」
突然の大声に僕は入口の方を見た。そこには20代半ばのスーツ姿の女性が二人立っていた。彼女達は入口近くの席につくと、一斉にメニューを見出した。
「どれがいい?」
「私、キャラメルマキアートがいいなあ」
若い女性の楽しそうな声がお店に広がった。彼女達はどこかの営業だろうと思った。席の横に大きく膨らんだ黒皮のかばんを置いていた。
「私ね。ここで昔バイトしてたんだ」
「そうなの?」
「うん。3年くらい働いてたんだよ」
「へえ」
「内装は全然変わってないなあ」
そのうちの一人がさも懐かしそうに店の中を見回していた。
「でも働いてる人はみんな知らない人」
そこに店員がやって来て、彼女達の注文を取ると、またすぐにいなくなった。
「私ね、ここの店長と付き合ってたんだ」
「ええ!ほんと?」
「うん」
「どんな人だったの?」
「普通の店長だよ」
「店長はわかったけど」
「優しい人だった」
「そうなんだ」
「うん」
「じゃあ働きやすかったでしょ?」
「そうね」
そこに彼女達の注文したものが運ばれて来た。
「作り方も変わってないなあ」
それから彼女達の会話は中断した。また静寂が戻った。
お店の雰囲気が再び落ち着くと、僕はまた睡魔に襲われ始めた。
「でも嫌なことが1つだけあったなあ」
「嫌なことって?」
「一緒に働いて子」
「どうしたの?」
「大学の同級生だったんだけど」
「うん」
「嫌な子だった」
「何かあったの?」
「うん。ちょっとね」
ちょっとってどんなことだろうかと僕はそれが気になった。
「話せば長いことなんだけど」
「どんなこと?」
「うん」
「話したくないなら別にいいけど」
「事件があったの」
「事件?」
「うん」
「どんな?」
「こういうお店ではたまにあることなんだけど」
「うん」
「レジが合わなくなったのよ」
「うん」
「そのお金をその子が盗んだっていうの」
「え?」
このお店で起こったことをここで話していることに僕は少し呆れた。
「店長が少しお店を開けた時にレジからお金をとったらしいの」
「うん」
「その時そこにはその子しかいなかったの」
「じゃあそういうことだよね」
「でもね。違うの」
「違うの?」
「うん。盗んだんじゃなくて、ちょっとした悪戯だったの」
「悪戯?」
「そう。冗談だったの」
「じゃあお金は出て来たの?」
「そもそもなくなってなかったから」
「どういうこと?」
「レジじゃないところに移動してただけなの」
「え?」
「店長のかばんの中」
「なんで?」
「私がね……。入れたの」
「え?」
「私がレジから抜いて、店長のかばんに入れたの」
「それって、どういうこと?」
「だから悪戯よ」
「どうして?」
「ちょっと驚かせたかったの」
「それにしても、ちょっと」
「それでね。それでその子が疑われたの」
「その子ってその嫌な子?」
「そう」
「それって冤罪?」
「でも自業自得よ」
目が覚めると店内にお客さんは僕一人になっていた。辺りは日も陰り出していた。そろそろ自宅に戻ろうかと思った。今日は普段出来ないことを十二分で出来た。何もせず、ただ昼寝だけをしてつぶした一日だった。しかしその分明日からの仕事に頑張れる気がした。
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