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第2章
その夜、僕は何かの物音で突然目を覚ました。普段は静寂の中で深い眠りについていたので、そのリズミカルで規則的な音に神経が逆なでされたのかもしれない。
コンコン!
耳をすますとそれは2つ鳴って、しばらく止んだ。
(何だろう?)
コンコン!
するとそれが再び鳴った。どうやら隣の壁を何かで叩くような音だった。隣とは101号室である。
(するとやっぱり誰かが住んでるのかな)
僕が102号室に入居して2か月が経っていたが、そのような音がしたのは初めてだった。
(じゃあ水道局の人に教えてあげなくちゃ。でも面倒だからいいか)
やがてその音がしなくなったのか、或いは知らない間に眠ってしまったのか、音の存在は消えてしまった。
そしてその次の夜のことだった。僕は再びあの音に睡眠を妨げられることになった。
(またお隣さんか。いったい何をしているんだ)
わざわざ真夜中に壁に何かを打ち付けているとは思えなかった。
(まさか藁人形に五寸釘を打ち込んでいるとか)
僕はあり得ない話をわざと想像した。もしそれが本当に釘を打つ音だったら、この程度の大きさで済むはずがなかった。
(でも何をしているんだろう?)
それで僕は隣の様子がどうしても気になってベッドから起き出すと壁に耳を当ててみた。
コンコン!
それはまるで玄関をノックしているようだった。
(入ってますよ、なんちゃって)
僕はおどけてそう思った。もしここがトイレならそう応答しただろう。
(そうだ。入ってますって声に出すんじゃなくて、こちらもドアを叩き返して自分の存在を知らせるんだった)
僕はそう思うと、音のする壁を同じように叩いてみようと思った。しかし止めた。こんな深夜に相手が何者かもわからないような状況で下手なコンタクトを取りたくなかったからだ。それで一度這い出たベッドに再び潜りこみ、眠りにつこうと思った。
コンコン!
(またかよ)
しかしその音はまだ続いていた。
(あれ?)
しかし今度は101号室の壁からではなく、103号室の壁から聞こえて来たのだった。
(え?)
僕は状況が呑み込めなかった。こんな遊びが巷で流行っているのかと思った。しかしそれ以前に少し怖くなって来た。というのも101から音がすると、すかさず103からも音が続いたからである。それは申し合わせたように巧みに連携していた。まるで何かの儀式のようだった。僕は頭から布団を被って両耳を塞いだ。しかし静寂なその空間にはその2つの音がきれいに掛け合って僕の脳裏に直接届いていた。
(何なんだ!)
僕の心の中は怒りとも恐怖との言えない感情が湧きあがった。それで両隣の部屋に乗り込んで怒鳴りつけてやろうと思った。そしてベッドから立ち上がった瞬間だった。今度は玄関のドアを叩く音がした。
コンコン!
僕はそれで身動きが出来なくなった。
(誰?)
左右の壁をノックする音は依然続いている。するとそれは第三の人物が現れたことを意味していた。
(水道局の人? 大家さん?)
しかし真夜中に彼らが訪ねて来るはずなどなかった。やがてノックの音は101号室、103号室、玄関と順番に規則正しく繰り返すようになった。
(安眠妨害だ!)
そう叫びそうになったが既に怒りより恐怖の方に押し込まれていた。
コンコン!
すると突然ベッドの真後ろの窓が鳴った。
(誰か窓をノックしている)
しかしその窓の向こうには何もなく、広い川が流れているだけだった。つまりそこに人が立つことなど不可能なのだ。僕はパニックを起こしそうになっていた。コンコンと101号室から聞こえると、次にコンコンと103号室の壁が鳴った。そしてそれらにコンコンと玄関の音が続くと最後に後ろの窓がコンコンと鳴った。
僕は居たたまれずにベッドを飛び出して部屋の中央に座った。そして次にどこがノックされるのかと部屋中を見回した。
ドスン!
しかし次に現れたのはノックの音ではなかった。それはこの部屋に押し入ろうとする程の大きな音で天井から聞こえてきたのだった。
(このアパートには202号室はないのに)
もうこれは冗談では済まされなかった。
(警察に電話をしよう)
そう思ってベッドの枕のところに置いたスマートフォンの方を見た。
ガシャン!
その瞬間窓が割れた。そしてそこから冷たい風が部屋の中に勢いよく流れ込んで来た。
(逃げなくちゃ)
僕は取るものも取り敢えず玄関に走った。そしてその鍵を開けると可能な限りの力を込めてそのドアを開けた。
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