102号室

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第3章  面接の会場はアパートの一室だった。そんなところで面接をすることもあるんだと思ったが、時給が良かったので取り敢えず面接だけでも受けてみようと思った。 「102号室」  僕は声に出してそこを確認するとドアを二度ノックした。 コンコン!  しかしそれからしばらく経っても中からは何の応答もなかった。それでもう一度ノックした。 (おかしいな)  中の気配を窺っても誰かがいるようには感じられなかった。それでノブに手を掛けてドアを開けてみることにした。 「失礼します」  するとそこにはやっぱり誰もいなかった。6畳一間と狭い台所が見えた。それで場所を間違えたかと思い、一旦外に出てアパートの所在地を確認してみると、約束の場所はそこで間違いなかった。 (じゃあ中で待ってようか)  そのまま帰るのもしゃくだと思い、僕は関係者がやって来るまで部屋の中で待たせてもらうことにした。たぶん面接をする担当者が交通機関の遅延で遅刻しているのだろう。  和室には何もなかった。和室に机やテーブルがないのは普通だったが、ここで本当に面接をするのかと思った。それでせめて座布団くらいは必要だろうと思い、押し入れの襖に手を掛けたが、それは固く閉ざされていてどうしても開けることが出来なかった。  約束の時間は16時だった。やがて17時になり、日が暮れ始めた。それで段々不安になった。それで面接を申し込んだ時に掛けた電話番号に電話をしてみた。するとその和室の隅に無造作に置かれてあった黒電話が鳴った。 (チ!)  バイトの内容は電話番だった。掛けて来た人の氏名、住所、用件だけど聞いてそれを記録するだけだった。それで時給2500円。週に1日以上出来る人で曜日や時間帯は自由に希望出来た。だから今日の面接はいわば形だけのものだった。それでこちらの希望が全て通って、高い時給をもらえるのだからと、この場は我慢して担当者を待たねばならないと思った。  それからどれ位経ったのだろうか。僕はうっかりしてそこで寝てしまったらしい。気がつくと僕は暗闇の中に横たわっていた。少し寒気もした。風邪を引いたらいけないと思い立ち上がると電気のスイッチを探した。しかし勝手のわからぬ部屋である。両手を宙に浮かせて交差させながら大きく扇いでみた。しかし手のひらに何かが当たることはなかった。 (玄関はどっちだっけ)  玄関のドアを開ければそこから外の明かりが差し込み、いくらかましになると思った。 (あれ?)  ところがやっとの思いで玄関まで辿り着くと何故か玄関のドアが開かなくなっていた。 (建てつけでも悪いのかな?)  そう思って力を込めてノブを回したが、ドアは言うことを聞いてはくれなかった。  その時だった。何かの音がした。それでその音のした方に耳を傾けると、それは隣の部屋に続く壁を何かで叩く音だった。 コンコン! (壁に何かを打ってるのかな?)  それで僕はそう思った。 コンコン!  その音は少し間隔をあけると再び鳴った。 (そうだ。隣の人に玄関のドアがどうなっているか見てもらおう)  僕はそれ以上そこにいても無駄だと思って、今日は取り敢えず家に戻ろうと思った。そして明日にでもあの会社に抗議の電話をしてやろうと思った。 「すみません! お隣の方ですか?」  僕は音のする壁に向かって大声を出した。しかしあちらからは何の反応もなく、相変わらず一定の間隔でノックの音がした。そこで次は手のひらをグーの形にして壁を強く叩き、同じ言葉を繰り返した。しかしそれでも反応はなかった。 (おいおい、無視かよ)  僕はそれで困った。なんとかこの部屋から抜け出さないといけないと思った。 (こっちのお隣さんがだめならあっちのお隣さんはどうだろう?)  そこで次に僕はコンコンと音のする壁とは反対方向の壁を拳を強く握って叩いた。すると壁がドスンと鳴った。 「どなたかいますか? いたら助けて欲しいんですが」  僕はそう叫ぶと再び壁を激しく連打した。しかし僕の努力は無駄に終わった。そっちの部屋からも何も反応がなかったからだ。 (僕がここにいることを誰かに知らせないといけない)  隣が役に立たなければそれしか方法がないと思った。僕は腕を頭の上に伸ばして飛び上がり、天井を叩いた。少しでも大きな音を出したかった。しかしジャンプ力が足りなかったのか、天井が高かったのか、その音は小さく響くだけだった。そこで天井を叩く為に何か使える物はないかと周りを見回すと、部屋の隅にあった電話を再び見つけた。僕はそれを板張りの天井に強く放った。すると今度は大きな音がした。 (電話位壊れたって僕はここに閉じ込められたんだから)  僕は何度か電話を天井にぶつけてみた。しかしそれで事態が変わることはなかった。それでいよいよどうしようかと思った。 (このまま明日の朝まで待つか)  しかし朝まで待っても事態は良くならないかもしれない。 (では警察に電話をするか)  しかし何と言って説明しようかと思った。ここに閉じ込められたと言って信じてくれるだろうか。それよりもここに空き巣に入ったと疑われるのではないだろうか。僕はどうしようもなくなってその場に座り込んでしまった。すると足のつま先に何かが当たった。恐る恐る手を伸ばして見るとそれは金槌だった。 (どうしてこんなところに?)  そう思ったが、これを使ってここから逃げ出せないかと思った。すると今までカーテンが邪魔していて見えなかった窓の存在に気がついた。そこでカーテンをゆっくり開けてみると、そこは人がなんとか一人抜け出せそうな大きさの窓があった。それで僕はその窓に手をかけて開けようとした。しかしそれは開かなかった。鍵はかかっていなかったが、ずっと開けられることになかった窓なのだろう。どんなに力を入れてもそれはびくともしなかった。 (それならこれで窓を割るまでだ)  僕は手に持った金槌を更に強く握りしめると大きく振りかぶり、そして窓に強く打ちつけた。 ガシャン!  するとその窓はものの見事に砕け散り、外からの冷たい風が部屋の中に流れ込んで来た。それから僕はその割れた窓越しに外を覗いた。するとそこには何もなく、広い川が流れているだけだった。
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