102号室

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第5章  それはその娘が友達の家に遊びに行った時の話だった。その友達はあるアパートの105号室に住んでいた。その子の家族は父親、母親、そしてその女の子の三人だった。 娘が初めてそこにお邪魔した時、その友達が104号室の前を通る時になっていきなり駆け出したので、どうしたのかと尋ねたのだった。するとその子はこう答えたという。 「もしその玄関の前で止まったらたいへんなことになるよ」  そこで娘がその玄関の前を見るとそこには白い粉末で大きな弧が描かれていたのだという。どうやら何かの御まじないで塩を使って作られたものらしい。 「その白い線の向こう側に行ったら戻って来られなくなるよ」 「どうして?」 「その弧を崩してもたいへんだよ」  105号室の前で娘の友達がそう娘に言ったというのだ。 「この部屋には誰か住んでるの?」 「知らない」 「でもドアを開けたらこの線が消えちゃうね」 「うん。でもそうなったらたいへん」  私はその話を聞いて疑問に思ったことがあった。それはもし雨が降ったり風が吹いたらどうなるのかと思ったのだ。 「雨でも風でも消えないよ」 「嘘!」 「本当だよ」  それで私はそれがペンキで描かれたものではないかと思った。 「ううん。塩みたいな粉だったよ」  じゃあ風で飛んでしまうさ。私はそう思った。その104号室はずっと空室だったようだ。だからドアの開閉の心配はなかった。娘は友達の突飛な話をやり過ごすとそのことに深く触れることはなく、その日から105号室に足しげく通ったらしい。  ある日その友達の両親の帰りが遅くなってその子が娘に親が帰って来るまで一緒にいてほしいと言ったことがあったらしい。どうやら電車が人身事故で止まってしまったらしいのだ。友達は親からの電話を切るとお願いだから一緒にいてと泣きついてきたらしい。娘もいつになく熱心にいわれたので仕方なく親が帰って来るまでその家にいることにしたのだ。  しかしそれからしばらくして妙なことが起こった。それは誰もいないはずの104号室から壁をノックする音が聞こえたのだ。そしてその音は次第に大きくなり、一定の間隔をあけて繰り返し出したのだ。 「あの音は何?」  娘がそう質しても友達は両耳を塞いでただ震えているばかり。 「隣に誰かいるんだよ。その人が叩いてるんだよ。それを確認しに行こうよ」  娘は友達にそう言ったが友達は娘の言葉を無視したままだった。そこで痺れを切らせた娘は友達が必死に止めるにも関わらず、果敢にも104号室に向かったというのだ。そしてあの線の外側から腕を大きく伸ばしてドアをノックしたのだった。 「それで誰か出て来たのか?」 「ううん」  私は娘のその返答を聞いて安心した。そこには誰も住んでいない代わりに変質者が勝手に棲みついていたらたいへんなことになったと思った。 「だって白い線は消えてなかったから」  娘は何度かドアをノックしたらしいが、結局そこから誰かが出て来る気配がなかったので、仕方なく105号室に戻ったらしい。するとその直後に友達の両親も帰宅したのだった。 「おばさん、あの壁をノックする音はなあに?」  娘は帰宅した友達の母親にそう尋ねるとそれに答えることはなく、もう遅いからはやく帰りなさいと言ったらしい。それから娘は自宅に電話をして自分の母親を迎えに来させると一緒に帰宅したのだった。 「でもね。それからみくちゃんのお父さんがいなくなったの」 「いなくなった?」  私はそれがどういうことかと思った。 「みくちゃんのお父さんがあの白い線を消しちゃったの」 「え?」 「毎日あの音がするんだって。真夜中に鳴ることもあるんだって。それでとうとうお父さんがうるさいって104号室に文句を言いに行ったんだって。その時に誤って足であの線の一部を消してしまったの」 「そうしたら?」 「104号室の玄関のドアが開いた音がしたんだって。でもみくちゃんのお父さんは戻って来なかったんだって」 「え?」  しかし私はその話は作り話だろうと思った。そして娘が考えたことではなく、そのみくという子が娘についた嘘だろうと思った。 「今その子は?」 「みくちゃん?」 「うん」 「いないよ」 「いないって引っ越したの?」 「ある時遊びに行ったら部屋が空っぽだったの」
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