アドレスを消しても

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出会った時から ずっと好きだった あの人が笑うたびに 僕は幸せな気持ちになった 思いがけなく連絡先を交換できた時は、ドキドキが止まらなかった。 『いつでも連絡してよ』 そう言ってくれたけど、用事もないのに電話はかけられないし、第一緊張して喋れない。せいぜいメッセージを送るくらい。 『この前教えてもらった映画よかったです』 『飲み会楽しかったですね。また行きましょう』 他愛ない僕のメッセージに、彼は一言とスタンプを返してくれた。通知音が鳴るたびに僕の鼓動は性懲りもなく跳ね上がる。 同性に恋愛感情を持つのは、僕にとって「普通」のこと。 もどかしくて誰にも言えなくて、苦しい日々を過ごすのはわかっていても、その気持ちを抑えられなかった。 他人(ひと)と違ってもいい 自分らしく生きたい そう(うそぶ)いてみせるけど、心の中はいつも曇り空。  輝く陽射しは見えてこない。 自分の気持ちが報われることなどあり得ない。 たとえ、彼の瞳が僕を捉えたことがあるとしても。 遠目に彼の横顔を見ながら、1度だけ感じた彼の温もりを思い出して、僕は自分の口元に手を当てた。 最初で最後の唇の感触は、今も僕の鼓動を戸惑わせる。 短く儚い誰にも内緒のキス。 それ以上でも以下でもない、すぐさま日常に埋もれてしまうような。気まぐれなのに、僕らには意味があると思わせるような。 悪戯(いたずら)っぽく笑いかけた眼差しは、肩をすくめて(ドア)の向こうに消えた。 隣に寄り添う彼女の白いドレスが眩しくて、二人の笑顔が胸に突き刺さった。 今日が最後になる。 ここに来ることを決めたのは、自分。 この瞬間まで僕に勇気は出せなかった。 スマホを取り出してアドレス帳を呼び出した。 彼のイニシャルを探して、指先で箱に放り込む。 さっきまで目に映っていた愛しい名前が、跡形もなく綺麗に消えた。 初めから何もなかった そう思えばいい。 きっとそうしなければ、僕は立っていられない。 だけど… 心の奥にまで入り込んだあの人は、僕の中から消えてくれない。甘い(くさび)を打ち込んだみたいに、僕は(しび)れて動けなくなる。 「ご結婚おめでとうございます」 「来てくれてありがとう」 幸福(しあわせ)に満ちた会話が否応なしに耳にねじ込まれる。 焦がれる想いも嫉妬も、全て粉々に砕けて欲しい。 いつか記憶の欠片(かけら)が砂になり、風に(さら)われてしまえばいい。その時は彼の顔も声も思い出せなくなっているだろう。 まだ涙の出番じゃない。 今日の彼にいちばん相応(ふさわ)しい言葉を告げるために、僕は大きく息を吸い込んだ。
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