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 この日をどれだけ待ち望んだろうか。  結婚式の準備は最初こそ楽しかったけど、何だかんだとても大変だった。それでも、鏡を通して純白のウェディングドレスを着る自分の姿を見た途端、目頭が熱くなってきた。  私の後ろには、ここまで私のことを大事に育ててくれた両親が、嬉しそうな顔をして立っている。  そこへ、お父様が私の肩にそっと手を添えて微笑んだ。 「美しいよ、ルナ。お前はマルキ家自慢の娘だ」 「お父様、今まで本当に……お世話になりました」 「あのお転婆だった娘の花嫁姿を拝めるとは、感慨深いよ」 「まぁ、お父様ったら」  お父様の側では、お母様が両手を胸に添えて、今にも泣きそうな面持ちをしていた。 「ルナ、絶対幸せになるのよ。ずっと見守っているからね」 「お母様……」  ハンカチで目元を拭うお母様と抱擁を交わした私は、ブーケを持って婚約者が待つ会場へ向かった――。  式場スタッフがゆっくりと扉を開けた瞬間、たくさんの来賓者による拍手が鳴り響いた。  これから幸せな時間が始まるんだ――そう期待に胸を膨らませていた私が、真っ赤なヴァージンロードから視線を上げる。しかし、すぐさま異変に気付く。  何やら様子がおかしい。  皆の見ている方向が私ではなく、壇上へ集まっていたからだ。そして、笑顔で登場した私の顔は途端に変貌することとなる。  壇上には私の婚約者であるアレン様が、黒いタキシードを着て背を向けたまま待っている。だが彼の横には、予定では聞いていない“別の人物”が立っていた。 「……え、誰?」  真っ赤なウェディングドレスを着た後ろ姿の女性。緩いクセのあるミディアムの髪型。  ちょっと待って……。  何でウェディングドレスを着てる人が、()()()()いるの?  扉を開けられたものの、全く歩みを進めることが出来ない。両脇にいる両親も、ソワソワと落ち着きがなく戸惑っている様子。  広間が少しずつ静けさを取り戻すと同時に、アレン様がおもむろに振り向いた。その表情は、何ごとも無いかのように晴れやかだ。 「ルナ、待ちくたびれたよ」  待ちくたびれた?  時間通りに扉開けたはずだけど……。  頭が混乱して整理が追いつかず、何がなんだか訳が分からない。 「あの、アレン様……隣にいらっしゃる方は、どなたですか?」  そう尋ねた瞬間――赤いウェディングドレスを着た女性がゆっくりと振り返った。彼女は学園に通っていた頃からの友人である、フェネッカだった。 「……フェ、フェネッカ!? 貴女、そこで何をしているの!?」  驚愕した私が声を大きくして問い詰めると、彼女は目を三日月にして不気味な笑みを浮かべた。 「何って結婚式ですわ。見ればわかるでしょ? おかしなことを訊くのね」 「は?」  何言ってるのよこの女。  これ、私の結婚式なんだけど。 「ルナの方こそ、一体何のつもりでそんな格好してるのかしら? ()()()()()()()結婚式なのに。無礼にもほどがあるわ」  アレン様とフェネッカの結婚式ですって……? 「ちょ、ちょっと何を言っているのかサッパリ――」 「こらルナ、ダメじゃないか!! いくら新婦より目立ちたいからって、ウェディングドレスなんか着てくる馬鹿がいるか!」  私の言葉を遮ってアレン様が叫ぶ。  たちまち来賓者達の中から、クスクスと嘲り笑う声が漏れ始めた。両親と共に周囲をキョロキョロと見渡す。  ……何が起きてるの?   アレン様とフェネッカは、何がしたいの?  「まだ解らないのか? ならば、ハッキリと宣言してやろう」  そう言ったアレン様は口角を上げたまま、深く息を吸い込んだ。 「ルナ、俺はお前との婚約を破棄し……このフェネッカと結婚する!」  会場全体に、突飛な言葉が響き渡る。  頭が真っ白になった私は、ただただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった――。  アレン様との出会いは、貴族達が通うパレルノ学園に入学して間もなくだった。  同じクラスで席も近かったアレン様は、バストーニ伯爵家令息の長男。彼のお父様であるヴェロン様は商会を取り締まる会長。そして、アレン様は次期会長となるお方だった。 「君可愛いね~。どこ住み?」  と話しかけられたことがキッカケで、少しチャラそうな印象を持ちつつも、月日が過ぎると共にお互いの事をよく知るようになっていった。    一方、私の生家であるマルキ子爵家はブドウ農園を保有しており、品種や生育方にこだわったマルキ産ブドウから作られるワインは、貴族を中心に各方面からの評判が良かった。 「マルキ産ブドウなんだが、ウチの商会で取り扱ってもいいかな?」 「え、是非是非! お父様も喜びますわ!」  彼の提案によってマルキ産ブドウはワインの原料としてバストーニ商会へ納めることになり、お父様は満面の笑みで「気の利くいい男じゃないか!」とアレン様を褒め称えた。  それから半年くらい経ち、いつものようにアレン様と帰りの送迎車を待っていた時だった。どこか口数の少ない彼に「どうかしましたの?」と尋ねたら、不意に真剣な眼差しを向けられた。 「ルナ……俺と結婚を前提に、付き合ってくれないか?」  予想もしていなかった突然の告白。  けど、心が震えるほど嬉しかった。 「……はい。宜しくお願い致します」  待ち侘びた言葉に赤面しつつ、二つ返事で承諾。  元々、初めて見た時から彼を“いいな”とは想っていた。  高身長で筋肉質な体型と茶髪に目鼻立ちが整った甘い顔つきは、学園内でも見初める女子は多かった。  やった、みんなに勝っちゃった!   などと、内心で勝ち誇った瞬間だった。  ウチは家格としては下だけど、バストーニ伯爵はお父様のブドウをとても気に入ってくれており、両親の仲は良好だったため心配はいらなかった――。  ペンツォ伯爵家令嬢のフェネッカも同じクラスにいた同級生。私も最初こそ色んな人と積極的に会話してきたが、唯一“苦手だな”と感じたのが彼女。  女同士で話していると、フェネッカはよく陰口を言っていた。 「あの子、男の前でだけ態度違いません? ホント不愉快ですわ~――」 「自慢話ばっかりで、あの子と話すの退屈で仕方ないですわね――」  どれだけ楽しく談笑していても、フェネッカの陰口が始まるとすぐに空気が濁って嫌だった。  人を批判する割には、似たような行動を彼女自身がしていたこともあり、みんな内心では『どの口がそれを言う』と感じていたと思う。  そして、私の一つ上の学年には幼馴染の男がいた。    ディマルク侯爵家令息のレオナルドだ。貿易商を営む家系で長男となるレオナルドは、言わば御曹司である。 「ルナ、入学おめでとう。まさか、お前がこの学園に来るとは思ってもみなかったよ」 「久しぶりね、レオ! あ、間違えた。お久しぶりですね、レオナルド様! 勉強した甲斐がありましたわ」 「……や、やめろよその言い方。らしくもない。とにかく、変に後輩ぶった意識なんてしなくていいから」  先輩となった彼は、入学したての私の元へ来るなり「何かあったらいつでも相談してくれ」と言ってくれた。遠方から通い、顔見知りがいなかった私には心強いひと言だ。  突然、金髪碧眼のイケメンが教室に登場したかと思いきや、私と言葉を交わしたのを傍観していた周囲は、一斉にどよめいていた。  その光景は今でも覚えていて、幼い頃から内気なレオナルドには男として意識したことはなかったけれど、気分は鼻高々だった。  そのことに関しても、フェネッカは嫉妬めいた陰口を叩いていたみたい――。  18歳になって学園を卒業し、20歳になったら結婚式を挙げる予定で、私はお父様の経営を手伝いながらこれまで過ごしてきた。  アレン様との交際も、順調のはずだった。  ところが――今。  目前にはアレン様とフェネッカが壇上に並んで、蔑むような瞳で私を見下ろしている――。
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