22.

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「全部見てたよ、アレン」  突如現れた私達を見て、目を丸くしたアレンとフェネッカが黙り込む。 「……ど、どういうことだ……? な、何でお前がクローゼットから出てくんだよ? 誰だ、その男?」 「部屋を間違えて入ってきたのは貴方達の方でしょ? 私はただ、彼とクローゼットの中で……キ、キスしてただけだから」  少し苦し紛れにそれっぽい言い訳すると、アレンは片眉を上げてしばらく間を置いたと思いきや、いきなり不敵な笑みを浮かべた。 「ほうほう、そういうことか……ぷっ、あはははは」 「な、何がおかしいの……?」 「いや~つくづく思うよ。ホント馬鹿だってな! お前ら俺を嵌めようとしてんな? まぁ、そこに突っ立ってるオッサンは、もはや“若い男に相手されない女”にはお似合いだけどよ」 「何ですって……?」  嘘……?  もう勘付かれたの?  って、誰が若い男に相手にされないですって!? 『ルナ様の立場からすれば、むしろリアリティーがある――』  あ……サイファーさんが言っていたのはこのことか、と妙に納得してしまった私に、アレンが続けた。 「どうせ、俺とジュディの関係を知ったルナがフェネッカに話を持ちかけて『俺が不貞を犯したら慰謝料ふんだくって山分けしよう』って魂胆だろ? 馬鹿が考えそうなこった。このタカリ女が。ドブネズミみてぇなことしやがって」  いや、まだだ!  アレンはまだ完全にこっちの思惑を分かってない……! 「けどな、お前らこの現場を目撃したところで物的証拠自体はねぇんだろ? そりゃそうさ、俺はそんなもん残すヘマなんかしねぇからな」  サイファーさんは『物的証拠がなくとも大丈夫です。目撃者の証言が複数人いれば、充分に信憑性を得ることが出来ますから』って言っていた。 「だとしても、貴方が彼女を社交界で口説いて不貞を犯したのは事実でしょ? 私とフェネッカだって、ちゃんとこの現場を目撃してるんだから」  隣にいるフェネッカは状況を理解できないのか、何が何だかサッパリ分からないと言わんばかりに混乱しており、目が虚ろと化していた。  するとアレンが、怪訝な表情を浮かべながら首を傾げて返してきた。 「おい、ちょっと待て。何で俺が“ジュディを社交界で口説いた”ってことルナが知ってんだよ? おかしいだろ、お前は偶然この現場に居合わせただけのはずだ」  あれ……?  言われてみれば、確かに私とジュディさんは()()としてこの場に居合わせている設定。  しまった……! 「……い、いや、それは――」 「はいはい、簡単にボロ出しやがったな馬鹿女。やっぱりお前らは俺に勝てねぇよ」 「何言ってんの!? そんなはずないでしょ!?」 「まだわかんねぇのか? 仮に裁判になっても、お前らの目撃証言は全て俺を陥れるための偽証として反論出来るんだよ。これはルナが仕組んだ『悪質な報復行為だ』ってな!」 「ちょっと待ってよ! そんな簡単に報復行為なんて認めてもらえるはずないわ!」 「残念、それが認められるんだよなぁ~! お前は俺から婚約破棄された挙句、父親の領地まで奪わそうになってんだからよぉ! 俺に対して憎悪を抱いてもおかしくねぇだろうが! だが、俺の婚約破棄にはお前が“フェネッカをイジめた下衆女だった”という正当な理由がある! 加えて領地に関しても、低所得の国民を思った配慮から生まれたビジネスとしては、至極当然の流れだろが!」 「う……」 「いいかルナ、よく聞けこの馬鹿が。俺には一切非がないのさ。裁判では裁判官の心象が重要になってくる。そうなったらどっちが優位か分かるか? 誰の入れ知恵か知らねぇが、こんな現場抑えたくらいで勝った気になってんじゃねぇぞ馬鹿女が! 訴えられるもんならやってみろや! 瞬殺で返り討ちにしてやっからよ! 馬鹿がいくら束になっても俺には通用しねぇーんだよ、あはははは!」    嫌見たらしく高笑いするアレンを前に、私は両手でスカートの裾を力強く握りしめていた。悔しくて悔しくて、目頭が熱くなる。 「……そんな、開き直ったって――」 「おい、いい加減うっせぇんだよ。もう話終わりでいい? とりあえず、馬鹿同士仲良く帰れや」  アレンによって完全に空気を支配された私とフェネッカは何も言い返せず、ただ立ち尽くすことしか出来ない。  どうして……。  何でこうなっちゃうの?  明らかにこっちの方が有利なはずなのに、一言えば十返されてしまう。  思い返せば、アレンと付き合っていた頃からそうだった。意見が対立して口喧嘩になると、こっちは全然悪くないのにいつも大声で威嚇するアレンに威圧されて、最後は言いくるめられてしまう。  どうしよう。  私、やっちゃったのかな。  せっかくサイファーさんやジュディさん達がこの場を作ってくれたのに。ジュディさんが私のために、辛い目にあってるのに。  私が意地張って出しゃばったせいで、台無しにしちゃった。  もう嫌……涙が出てくる。  満身創痍となった私は、疲れ果てたように肩を落とした。隣にいたフェネッカも、その場にペタンと座り込んで呆然としている。  すると私の背後に――()()のいる気配を感じた。 「クククク……」  振り返るのを躊躇うほどの不気味な笑い声。  俯いていた私が顔を上げてゆっくり振り返ると、主寝室の扉が開いていた先には、  暗いリビングに差し込む月明かりに照らされた、漆黒のスーツを着た男性。  灰色の長髪に、鈍く光る真紅の両眼。  片手にはシルバーのアタッシュケースを持った、サイファーさんが立っていた。 「……サ、サイファーさん」  私の口から、安堵にも似た息を漏らすような声が出る。 「お2人とも少し落ち着いて下さい。声が大き過ぎて共用廊下まで丸聞こえですよ」  片手をポケットに入れて、髪を靡かせながら歩いてきたサイファーさんが、真紅の瞳でアレンを捉える。 「お久しぶりですね、アレン様」 「お、お前……宝石商か?」 「ほう、私のことを覚えていらっしゃったので? これは大変光栄なことです」 「こんな所になんの用だ? まさかお前もグルか?」 「私が来たのはそこにいるジュディ・セラフィーニに用があったからです。彼女はラ・コルネの大切な従業員ですから」 「従業員!?」  驚くアレンを横目に、サイファーさんはベッドの横に投げ捨てられていたドレスを拾い上げ、目が潤んでいたジュディさんに、 「……もう大丈夫だ」  と、優しくドレスを手渡した。 「店長……」  小さく頷いたジュディさんがフラフラした足取りでリビングへ向かうと、サイファーさんはアレンを睨みつけた。 「とりあえず、お話をする前に服を着用して頂けませんか? 私、男性の裸体を見ると尋常でないほどの吐き気を催してしまうものですから」  促されたアレンはチッと舌打ちした後、黙ったまま渋い顔でシャツとパンツを履いた。  私は不安と高揚感で胸がいっぱいになりながらも、静かに2人の様子を傍観していた。彼の登場による安心感が半端じゃない。  そしてついに、サイファーさんとアレンが向き合って対峙し――決戦の火蓋が切って落とされる。 「話は聞こえておりましたが、貴方様は何か誤解されておられるようですね。ルナ様とフェネッカ様はグルでも何でもございませんよ。もちろんジュディも含めて」 「は? 嘘っぱちこいてんじゃねぇよ。こんな状況、偶然起こるわけねぇだろうが」 「果たして本当にそう言い切れるのでしょうか。私達は生まれてきてから今日に至るまで、起こることが想定できない“予測不能な偶然”をそれなりに体験してきたはずです。勿論、貴方様にもございますよね? 人はそのような偶然を『奇跡』と呼ぶのです。この状況は、様々な偶然が折り重なって生まれた奇跡ともいえる場面なのでは? 当然、ルナ様が企てた報復行為とも言い切れませんよね?」 「そ、そんなもんタダの屁理屈だろ!?」 「屁理屈の何が悪いのでしょう? では逆に『偶然じゃない』と仰る貴方様にはしっかりとした根拠を示して頂きたい。そしてルナ様達が徒党を組んでいるという事を、私が納得できる合理的な理屈でご説明して頂けませんか? 裏付けとなる物的証拠や目撃情報などは? どのくらいの期間をかけ、どんな調査をされて来られたのかもご回答願います」 「……い、今? そ、そんな証拠なんて、あ、あるワケねぇだろ! これが偶然かどうかの証明なんて、相当時間かかるっつの……!」 「それはつまり、推測の域を超えてない貴方様の勝手な決め付けでございますよね? そんな粗悪なことで議論に時間を費やすのは人生においてもっとも無駄な行為です。今の議題は貴方様が“不貞行為を犯したかどうか”なのですよ。論点を都合の良いようにすり替えるのは三流詐欺師の常套手段です。ご忠告致しますが、そんなもの私には全く通用致しません」 「……こ、この野郎! で、でも、ルナはさっきジュディと手を組んでいたことを口走ったのは、お前も聞こえてただろ!? それが証拠だろうが!」  口を尖らせたアレンが私を指差すと、サイファーさんは脇目も見ずに否定した。 「いいえ、あの発言は証拠にはなりません。ルナ様がなぜ社交界のことをご存じだったかお教えしますと、それは彼女がジュディの()()()だったからですよ。ルナ様のお化粧はジュディが親身になって伝授したものです。そんな間柄ならば、男性の交友関係で話が盛り上がっても何ら不自然ではございません」 「……はぁ~!? ふざけんなッ! ルナがジュディと友人だったなんてこと、一言も聞いてねぇぞッ!」  アレンが突然声を荒げるが、サイファーさんは淡々と続いた。 「そうやって大声で威嚇されるから、ルナ様は萎縮して言葉を詰まらせておられたのですよ。それにも関わらず、彼女の話を全く聞かずに誤解されたのは貴方様の方ではございませんか」 「ぐ……ぐ……クソッ……」  ついにアレンが口を籠らせた。  側にいた私は、ただただ呆然と2人の会話を聞いていることしか出来なかった。  す、すごい……。  あのアレンを圧倒してる……!  アレンの意見に対して、サイファーさんは全て間髪入れずに即答している。冷静沈着な彼の一糸乱れない言い回しは“白でも黒”に思えてしまうほど卓越した話術で、完全にアレンを翻弄してしていた。 「アレン様。先程貴方様が仰っていた通り、確かに物的証拠がない不貞は目撃証言に頼る事しかできず、裁判での確実な立証は困難です。しかしこの国では、裁判官に証拠など一つも提出せずに罪を立証出来る場合がございます。それがどんな方法か、お分かりですか?」 「……ふん、そんなもんあるワケねぇだろ」 「やはりご存じありませんでしたか。ですが、それがあり得るんですよ。実際に“現場を裁判官が目撃した場合”に限りますがね。過去の判例から見ても、それによって判決が左右された事例はいくつか存在します」 「そ、そんな馬鹿な――」 「ですよね? ラグナさん」  突如名前を呼ばれたラグナさんが、一息吐いて前に踏み出す。 「ああ……しっかり拝見させて貰ったよ。地獄絵図といっても過言じゃない。本当に(むご)い現場だ」 「だ、何だよお前!? いきなり何言ってやがる!」 「彼の名はラグナ・サヴェッリ。この国の()()()()()です」 「な、何……!?」  サイファーさんが告げた驚愕の事実に、アレンが大きく一歩退く。  そう。  私の恋人役としてクローゼットで一緒隠れていたラグナさんは、屈強な法の番人である最高裁判長だったのだ――。
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