25.

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「おんや~? いきなりそんな黙り込んじまって、どうしたんだよ兄ちゃん? さっきまでの威勢の良さはどこ行っちまったんだ?」  ホーキンさんの挑発じみた問いかけに、しばらく上を向いていたアレンが顔を下げた。 「お前……何モンだ?」 「あ? だから俺はピザ屋だってんだよ、見りゃわかんだろボケ。配達の部屋も間違えてねぇから」 「どういうことだ?」 「この部屋にピザを届けるよう俺に頼んだのは、そこにいるルナ・マルキっていうお嬢ちゃんさ。夕方ウチの店に来て『彼氏の好きなピザをホテルで一緒に食べたいの』って、ものすっごく可愛げに注文してきたワケよ」  いやいや。  もちろん私はそんな話聞いてない。 「チッ……それで? 何でここにそんな男連れてきたんだよ」 「この男はここへ来る途中、路地裏でぶっ倒れてたのを俺が偶然見つけたのさ。背中にこんな()()()された状態でな」  ホーキンさんはポケットから折り畳まれた紙を取り出すと、それを広げて前に突き出した。 [この男をアレン・バストーニの元へ届けてくれ。その者には報酬を支払う]  ホーキンさんは紙を持ったままアレンを見下ろした。 「報酬目当てでアレンを探しながら連れ回してたけどよ、まさか俺がピザを配達する部屋にいたとは驚きだったわ」 「クソが……これも偶然ってか? 大体、報酬なんてもん誰が払うんだよ? ここに依頼した奴がいるとでも思ってんのか?」  アレンの返しを聞いたホーキンさんが、キョトンと眉毛を上げて周りを見渡す。 「確かに、一体誰っすか!? この貼り紙の書き主は!?」  しかしその場にいる中で、誰一人手を挙げる者はいなかった。ホーキンさんは苦笑いを浮かべると、ツルツルの頭を手で撫でた。 「ん? あ、もしかして俺……騙されちゃったかな?」 「ふざけてんじゃねぇぞお前――」  アレンが立ち上がって激昂した瞬間、ホーキンさんが手を挙げて制止する。 「待てコラ。その前に、てめぇはラ・コルネを嵌めようとしてたんだろ? 仲間裏切ったこともマジで許せねぇが、どういうつもりか説明しろや。てめぇが俺にキレんのはその後だ。大声で誤魔化そうとしてんじゃねぇぞボケ」 「な……何……?」  態度を豹変させたホーキンさんの気迫に押され、アレンが一歩後退する。そこへ、終始沈黙していたサイファーさんが口を開いた。 「私がご説明致しましょう()()()()()」 「はい? わ~なんて素敵な殿方なんでしょ! もうピザ代なんかサービスしちゃう! あ、説明おなしゃす」  お茶目な笑顔でお辞儀したホーキンさんがキッチンカウンターの横にいた私の隣まで来ると、さりげなくコツンと私の脇腹を肘で軽く突いてきた。今だけはそういうの本気でやめて欲しい。 「アレン様は当店の信用を失墜させるために、麻薬を使用したのでしょう。そこの怪我をした男を利用して、当店が宝石を仕入れるために使う輸出入用ケースに麻薬を仕込み、麻薬密輸の罪を着せようと企んだ。そうですね?」  サイファーさんの推理を聞いても、アレンは俯いたまま黙り込んでいる。すると今度は、ラグナさんがサイファーさんに尋ねた。 「解せないな。なぜアレンがラ・コルネを陥れようとする必要があるんだ?」 「当店の買収が目的だからです」 「それはサイファーを含む人材ごと買収しようとした、ということか?」 「恐らく。アレン様は現在、商会の経営をヴェロン様の()()として動かしております。しかし、無理な事業拡大が祟って経営は悪化。そこで、より高利益な事業に手を出そうとして、私達のような宝石商に目を付けた、という訳でございます」 「なるほど……姑息かつ薄汚い手法だ」 「しかし、アレン様の計画は失敗となりましたが“麻薬不法所持”という新たな罪が確定致しました。貼り紙を書いた主である、私の()()()によってね」 「……協力者?」  ラグナさんが眉を顰めて問い返すと同時に、アレンの表情がさらに曇る。そして、サイファーさんが「それは」と答えようとしたその時――突然ジリリンと、玄関の呼び鈴が鳴った。 「クククク……もしまだ奇跡が続くのなら、その方は間もなく皆様の前に現れるはずです」  サイファーさんは私に目で合図を送り、玄関を開けるよう促してきた。誰が来るのか分からない私は、すこし恐怖心を抱きながらも玄関の鍵を解除した。  そして扉を開けて見たら、目の前には。  紺色の乱れたスーツ姿で前屈みになり、無造作な金髪の前髪からは汗が滴っている人物がいた。  苦悶の表情で息を切らしていたその人は、私が今一番側にいて欲しい人――レオナルドだった。 「レオ……?」 「よ、良かった……間に合ったか」  レオが息を整えながら上体を起こす。心臓が爆発しそうになった私は深呼吸して尋ねた。 「……ど、どうしたの?」  彼は唖然とする私の肩に手を乗せ、すれ違い様に小さく囁いた。 「ルナを、助けにきたのさ」  驚いて振り返ると、リビングに進んでいくレオの背中が目に飛び込んできた。  私にはその後ろ姿が――“戦場へ旅立つ騎士”のように錯覚して見えた。  呆然と立ち尽くしていた私もレオの後を追ってリビングに入り、後ろへ隠れるように立って、彼のジャケットの裾を指で掴んだ。  ずっと不安だった。  緊迫した空気が肌を刺し続けるリビングの中で、正直倒れそうだった。  でも、レオが現れた瞬間、雲の隙間から光が漏れて、私を照らしてくれているような感覚になった。  アレンとずっと闘ってくれているサイファーさんも、すごく心強いけど、彼にはない“温もり”がレオにはある。  そんなレオを一瞥したアレンが、ウンザリした様子で呆れ顔をした。 「おいおい……今度は侯爵令息の登場かよ。もうワケわかんねぇわ……」  嘆息気味に天井を仰いだアレンに、レオが真剣な眼差しで返した。 「ずいぶんと余裕だな。これからお前のある()が暴かれるというのに」 「ケッ……麻薬不法所持の話だろ? んなもんお前がモタモタしてた間に、とっくに暴かれてるっつの」 「どういうことだ? ラグナ裁判長までいるじゃないか……」 「知るかよそんなの。しかも強姦までやらかした俺は最低でも禁固3年喰らうらしいぜ~」  レオがそれを聞いた途端に目を細める。 「なるほどな……ってちょっと待て。お前それ、釈放金払ってすぐ刑務所から出所するつもりなんじゃないか?」 「……はっ!?」  この国では、実刑判決を受けた者が国に対して刑期に応じた釈放金を納めれば、刑期を短縮したり出所できる制度がある。 「な、そ、そんなこと考えてねぇよ! どっちにしろお前の出る幕なんざねぇから! そこのハゲに報酬払ってさっさと帰れ!」  図星を突かれたのかアレンが口を尖らせて反論すると、サイファーさんが唐突に手をポンと叩いた。 「あ、申し訳ございません。すっかり忘れておりましたが、レオナルド様の登場で思い出しましたよ。アレン様のさらなる()()を」  ラグナさんが「悪行?」と短く聞き返したら、サイファーさんは口元を隠すように笑った。 「クククク、詐欺罪ですよ。そうでしょう、レオナルド様?」  サイファーさんから振られたレオが、ゆっくりと背筋を伸ばして姿勢を正した。そんな彼に、ラグナさんが「そうなのか、レオナルド?」と問う。 「はい。アレンはバストーニ家当主のヴェロン様が半年前に体調を崩してから、彼の名を借りた代理人として様々な業者や企業と契約を取り交わしておりました。しかし契約においては例え代理であっても、契約者本人が正常な判断が出来る者でなくてはなりません。ところが、アレンはヴェロン様が()()()であることを隠しておりました。つまりこれは、契約書上において“契約不可能な者の名を記載した詐欺罪”となります」  流暢にアレンの余罪について語るレオの後ろで、私は彼にときめきながらも、聞き捨てならない言葉に注視していた。    ヴェロン様が、認知症……? 『どうしたアレン……ん? ()()()()か? ――』  あの時のヴェロン様の発言、ただアレンが婚約破棄のことを伝えてなかっただけかと思ってたけれど、まさか認知症のせいだったってこと……!?  私の手のひらに、じんわりと心地の悪い汗が滲む中、レオが続けた。 「バストーニ商会がこれまで行ってきた数々の横暴は、全てアレンの独断によって行われていたのです。ヴェロン様の認知症については、それを裏付ける証人として世話役のメルティナをお連れ致しました」  名前を聞いたアレンが「証人……?」と呟くと、メルティナが恐る恐るした様子で部屋に入室してきた。ラグナさんの前へ進む足取りの重さは、まるで本当に証言台へ向かうかのよう。 「メルティナ君かな? これから君が証人であることを前提に尋ねたい。落ち着いて、ゆっくりでいいから正直に答えてくれればいい」 「……は、はい」 「君がバストーニ家の当主であるヴェロンを半年間世話をしてきた、ということでいいのかな?」  優しく微笑みかけるように、ラグナさんがメルティナに問う。先ほどまでの厳格な顔付きが嘘みたいだ。 「はい、えっと……私は旦那様が、いえ……ヴェロン様が体調を崩されて寝込むようになった時から、ずっと身の回りのお世話をしてまいりました」 「そうか。それで彼が“認知症かどうか”だが、君は世話役としてこれまでヴェロンの様子を見てきて、どう思うんだ?」 「ヴ、ヴェロン様は、私の記憶では約2ヶ月くらい前からご飯を食べたかすら記憶が曖昧になっておられました。だから、旦那様はたぶん……“認知症なのかな”って思います」  すると、メルティナの意見を側で聞いていたアレンが、怒りを露わにして舌打ちをした。 「ッチ、ふざけんなメルティナ! 何が『認知症なのかな』だ! 適当なこと抜かしてんじゃねぇぞ! 俺から見りゃ親父は断じてボケてねぇ! 今までのことは、全部親父の判断に従ってただけだ!」  リビング内にアレンの怒鳴り声が鳴り響くと、恐怖したようにメルティナがビクッと身体を仰け反らせる。すると、腕を組んでいたサイファーさんが眼鏡の縁を指で持ち上げた。 「おや? ついに本性を現しましたね、アレン様」  急に静まり返ったアレンが、ゆっくりとサイファーさんに目線を移した――。
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