26.

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「な、何だよ……本性って」 「私は疑問に思っていたのですよ。なぜアレン様が会長業務を代理で受け継いだのか、とね」 「べ、別にどうでもいいだろうが、そんなもん」  証言を終えたメルティナに私が近寄り「来てくれてありがとう……」と感謝を伝える。彼女は震えながらコクリと頷いた。  私がサイファーさんへ視線を送ると、彼は再びアレンを睨みつけた。 「シラを切るつもりなば、ご説明致しましょう。本来なら体調不良で経営に携わるのが困難となれば、信頼できる者に会長の座……つまり経営の権利を譲渡するのが普通です。しかし譲渡された場合、その者が経営の全てを判断するため法的責任が発生致します。アレン様が敢えて代理人となったのは、責任問題が起きた際に会長であるヴェロン様へ全て責任転嫁するためだったということが、先ほどの発言から読み取れませんか?」 「な、何寝ぼけたこと言ってやがる……お、俺を代理人としたのは親父本人の意思なんだよ! そうだろルナ!? やり取りに立ち会ったお前なら、そのことを知ってるはずだ!」  突然アレンから弁明を迫られた私は、胸がドキッとして肩を縮こませた。  確かにヴェロン様が体調を崩された当時、私はアレンとヴェロン様の寝室に同席していた。  アレンは本当に憎いけれど、みんなを前に余計な嘘なんかつけない。  ここは正直に証言するしか。 「……ルナ、そうなのか?」  心配そうな顔をするレオに訊かれた私は、深く息を吸って応えた。 「はい。倒れられたヴェロン様は『今後、会長はアレンを代理人にする』と……ハッキリ仰られておりました」 「ほらぁ! 推理が外れて残念だったなぁ、名探偵のサイファーさんよぉ!」  突如、アレンがこれ見よがしに高揚する。  おかしい……。  今話していたことは、面談の時にサイファーさんへ伝えていた内容のはず。なのに、どうして彼は知らない様な素振りをしているのか、見当もつかない。  しかしそこへ、間髪入れずにレオが反論し始める。 「なら、お前がこれまで業者に『悪評を広められたくなければ金を出せ』と脅して貰っていた賄賂も、全てヴェロン様の意思だったと言いたいのか?」 「わ、賄賂……? そんなもん俺は貰って――」  態度を急変させたアレンの言葉が出切る前に、レオは懐からメモ帳の様な物を取り出した。 「な、何だそれ?」 「これは賄賂がこと細かく記帳された裏帳簿だ。これを見てもまだ抵抗するか?」 「……な、何でお前がそんなもん持ってんだよ!?」 「ヴェロン様の部屋と間違えて、隣にあるお前の部屋に入ってしまったら偶然見つけたんだ」 「は、入った!? そんなはずねぇ! 俺の部屋には鍵がかかってたろが!」  焦りを隠せないアレンが尋ねると、レオは静かに苦笑いした。 「ああ、いや……ドアノブを(ひね)ったら壊してしまったんだ。すまん」  一瞬、アレンは顎が外れたように口をポカンと開けた。しかし、その間抜けな表情から一変、もの凄い剣幕へと変わる。 「いやいやいや、すまんじゃねぇだろが! ドアノブぶっ壊れるまで捻ってんじゃねぇよ馬鹿!」 「まぁまぁまぁ、ワザとじゃないし」  荒ぶり出したアレンに、レオが両手を挙げて宥めている。  そんな2人のやり取りを傍観していた私は、小さな吐息を漏らした。  レオは今の一連の流れの中で“目線を下に向けて、頬を指でぽりぽり掻く仕草“を見せなかった。だから彼は嘘を吐いていない。  時間に追われていたレオは焦りのあまり、本当に力づくでドアノブを破壊したんだ。 「クククク……」  ふと傍らでサイファーさんが僅かに微笑んでいたのを見て、私は悟ってしまった。  さきほど彼の推理が外れたように見えたのは、アレンに主導権を()()()渡したのだと。  サイファーさんはこんな緊迫した空気の中で、アレン相手に弄んでいるんだ……! 「さっきから大人しく聞いてりゃ、お前ら根拠もねぇことベラベラとホザいてんじゃねぇぞ! 裏帳簿だってレオナルドが偽造したんじゃねぇのか!? そもそも医師みたいな専門的知識もねぇ素人の見解だけで、親父が認知症だなんて勝手な判断されたら迷惑なんだよ!」  アレンの反撃に、ラグナさんが改まって指で顎を触った。 「その意見も一理ある。どうなんだ? サイファー」 「問題ございません。裏帳簿に関しては後に精査する必要はございますが、医師なら“すぐそこに”おられるではございませんか」  ラグナさんが「何?」と端的に返した途端、レオがスーツの懐から何かを取り出して、それを提示した。  その手には――医師免許が握られていた。 「は!?」  呆気に取られたアレンが口を引き攣らせて黙り込む。私も思わず「え!?」と声を発したら、レオが私の方を向いて微笑んだ。 「ここへ来る前、バストーニ家の屋敷へ行って、ヴェロン様を診断してきたんだ」 「レオ……」  彼が勉強出来るのは知ってたけど、まさか医師免許まで持ってたなんて、全く知らなかった私。  サイファーさんが時計を見て時間を気にしてたのは、レオの到着を待っていたからなんだ。それでホーキンさんもふざけたフリをしながら、あんな時間稼ぎをしてたのね。    一呼吸置いたサイファーさんが、レオを見遣る。 「レオナルド様は貿易商の経営補佐という多忙な状況の中、常人なら4年かかる医学専門学校を1年で修了した秀才です。彼が医師免許を取得したのは今から約半月前。ちょうどアレン様がルナ様を裏切って、フェネッカ様と乳繰りあっていた頃ですよ」    尚も沈黙するアレンに対し、レオがラグナさんの方へ身体を向けた。 「裁判長、これから医師として意見を述べさせて頂きます。ヴェロン様を診断したところ、彼は杖をつかなければ歩けない状態でした。運動好きだった人間が、たったの半年程度でそこまで運動機能が低下したのは私が見る限り異常です。恐らく他の症状も含めると()()()()に侵されている可能性があり、それによって認知障害も併発している恐れがあります。寝たきりの状態を続けるのは認知症の促進にも繋がります。先程メルティナが述べた証言と照らし合わせても、ヴェロン様は認知症と判断して問題ないかと存じます」 「そうか……しかし、水銀中毒になった経緯は?」  ラグナさんの問いに、サイファーさんがそっと手を挙げた。 「それは、アレン様がヴェロン様の()()を目論んでいたことから始まっています」  頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る。  ヴェロン様を……殺害ですって?  ショックを受けながらもアレンを見遣ると、彼は“どうにでもなれ”と言いたげに悪びれた様子もなく、太々しくサイファーさんを睨んでいた。  元婚約者として、アレンのことは良く理解してるつもりだった。全速力で突き進む男らしさはあるけれど、誰に対しても気が強くて、欲しいと思ったものはすぐ手に入れたがる。  ヴェロン様も豪快な性格をしていて、息子のアレンと衝突していた場面はよく目にして来た。 『親父はいつまでも俺をガキ扱いしてくるから気に入らねぇ――』  そんなことを愚痴っていても“2人の間には親子の固い絆はあるはずだ”と、私は信じてたのに――。 「……殺害だと!? なぜ実の父親を!?」  ここまで冷静だったラグナさんも、初めて目を見開いて驚愕した。それでも、サイファーさんは相変わらず無表情のままだ。 「会長の座を奪うためですよ。先日、彼の屋敷で入手した水をこちらで水質検査したところ、高い濃度の水銀が検出されました。これは、商会の事業の一つである井戸の掘削によって汲み上げられた地下水だと思われます。アレン様はそれをヴェロン様へ長い期間をかけて少しずつ投与し、水銀中毒になることを図っていたのです」  ここまで黙って聞いていたアレンが顔色を悪くした瞬間に口を開く。 「ま、待て待て……勝手に話進めてんじゃねぇ! あの()は親父の具合を治すために医者から貰ったんだ! 俺が親父に水銀なんて盛るわけねぇだろ!?」  刹那、サイファーさんの口元がふわりと緩む。 「お待ち下さいアレン様。非常に不可思議な言い回しをされましたね。私は『屋敷から入手した水』としか申し上げておりませんが、何故貴方様はそれを『薬』だと仰ったのですか?」 「何!? ……い、いや……それは……」  サイファーさんの痛烈な指摘に、アレンは罰の悪そうな表情を浮かべて目線を逸らした。 「ここが法廷ならば、即死級の大失言でしたね……ではここでアレン様の代わりに、私が彼の思惑を全て明かして差し上げましょう」  全員の視線が自然と彼に集まる。 「遺憾ながらアレン様の狙い通り、ヴェロン様は水銀中毒を患ってしまわれました。倒れた原因を特定出来ない他者から『医師に診てもらうべきだ』と指摘されるのを恐れたアレン様は、屋敷内の人手を極力ヴェロン様から遠ざけて老衰に見せかけた死を待っていたのでしょう。貴方様の『親父はボケてなんかいない』という意見は、愛する父の衰退を認めたくない息子のようにも見えますが、私からすればその発言も至極滑稽に思えます。困るんですよ。医師免許もない素人の見解でそんな勝手なご判断をされては。そうとは思いませんか? アレン様」  言い訳する気配すらも完全に消し去ったアレンが黙り込む。これ以上サイファーさんと会話を続ければ、メッキが剥がれると踏んで、もう何も話さないつもりらしい。    意気消沈するアレンに対し、サイファーさんが僅かに首を傾げた。 「……黙秘したところで、もう遅いですがね。今回の議論にて、アレン様が処罰されるべき罪は『強姦を伴う不貞行為』『麻薬不法所持』『詐欺罪』『収賄罪』『恐喝』、そして最後に『殺人未遂』です。今、ラグナ裁判長の目前でその立証は()()完了したかと存じます。これだけの余罪を積み重ねた上に、反省している様子も全く見られない貴方様へ下される最終的な判決がどうなるかは……ラグナさん、いかがでしょう?」    裁量を委ねられたラグナさんが組んでいた腕を解き、ついに最終宣告を告げる。 「議論する余地もなく……無期懲役だな」  途端、アレンがおもむろに驚愕した絶望的な表情で顔を上げる。 「……嘘……だろ……?」 「無期懲役に釈放金制度の適用は認められない。さらに重犯罪者に該当するお前は、ロッソネロ監獄へ収監されることになるだろう。観念するんだな、アレン」  ラグナさんが口にしたロッソネロ監獄は、殺人を始めとした重犯罪を犯した囚人が集まる、国内で最も環境が劣悪で“生き地獄”と呼ばれる刑務所だ。 「ロッソネロ……!? そ……そ、そんな……ふざけた話があるか……ぜ、全部、全部デタラメだ! 俺を貶めるための陰謀だ! ほ、ほ、ほ、報復行為だぁぁぁぁ!」  慌てふためくように叫び出したアレンに、レオが歩み寄った。 「いい加減にしろ。もう、潔く諦めろよ」 「う、うるせぇぞクソがッ! 俺を、俺を見下してんじゃねぇ、レオナルド! 知ってんだぞ、お前が満席だったレストランの席を強引に奪って、最上階でルナと優雅にメシ食ってたことをな! お前のやってることだって、貴族の立場を利用してる俺と大して変わんねぇだろが!」  アレンは大汗をかきながら、尚もレオに対して聞くに耐えない揚げ足取りな侮辱を吐いてきた。それを聞いたレオが不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。  しかしそんな彼の肩に、サイファーさんがゆっくりと手を乗せた。 「何か勘違いされていらっしゃいますね、アレン様」 「……あ? な、何だよッ!?」 「レオナルド様がルナ様と会食されたレストランのオーナーは戦争孤児支援団体の立ち上げに貢献し、店の売り上げから多額の寄付をしております。レオナルド様は、その団体立ち上げに尽力していた貴族達のお一人です。また、最上階は支援団体に属する貴族しか利用できません。彼が医師免許を取得した本当の理由は、戦争で両親を失くし、貧困で苦しむ子供達の病気や怪我を無償で診るためです。貴方様のような私腹を肥やすためにしか金を使えない外道とは、器が天と地ほど違う。信念を持った彼を卑下することは私が許しません」  レオが、支援団体を……? 『……もしかして、オーナーさんと知り合いだった?』 『い、いいだろそんなこと。ほら、店員待たせてるから早く行くぞ――』  サイファーさんの紅く鋭利な目つきに圧倒されたアレンは、後退りをしながら、全身が脱力したように床へ膝をついた――。  ここへ来てから、とてつもなく長い、長い時間を過ごしてきた気がする。  多くの人がアレンと向き合い、真剣に闘ってくれた。  でも、リビングにいる誰もが『アレンを黙らせることは出来ないかも知れない』と、諦めかけていたと思う。  それでも最後は、みんなにとって一番頼りにしている人がレオを庇って、この激闘に終止符を打ってくれた。  両手をポケットに入れつつ、項垂れるアレンを真上から見下ろしたサイファーさんは、 「地獄へ堕ちろ……アレン・バストーニ」  と、悪魔のような冷徹さを纏いながら囁いた――。
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