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分かりにくい感情とか情緒とかの配線を
全てペンチでぶつりと切れば
きっと僕は楽になれる
言葉を連ねるのに疲れた
どんなに捻っても不恰好で
どんなにあがいても不器用で
登ったと思った山道はまだ麓の裾野
頂上は登り始めたそのときから
僕の歩く速度の10倍速で
頂上はジャックと豆の木の木のように
高く高く空の果てを目指して伸びていく
努力が大嫌いな怠け者の癖に
もう一生分この山を登った
違うフィールドに行きたい 行くんだ
言葉が要らない世界へ
数字だけを追える世界へ
スマホに赤と青の背景で表示される数字は
言葉から僕を逃がしてくれる
金こそ全て 昔僕が書いた物語の悪役のように
9時から3時に蠢く数字とグラフにのめり込む
無駄な物が何一つない 合理性と理屈の世界
勝つか負けるか 数字にしか見えなくなった
一月分の月給を 相場という怪物に預ける
感傷的で涙脆い心は息を潜めた
大きな損をしたら辞めよう
それをネタにまたつまらない物語を書いて
あぁダメだ もう言葉の世界には戻りなくない
言葉の世界から遁走した僕は
大きな損も得もせず
-2689円
マイナスニロヤク 煮ろ焼く
煮ても焼いても中途半端
感情のない株式相場の数字の世界でも
想いの丈を描き殴れる言葉の世界でも
物語を語らない僕は
つまらない ちっぽけな
ポケットの中に忘れたまま
洗濯機で洗ってしまった不織布マスクのような
平凡で無機質で無個性なヨレヨレの繊維だ
ぺらぺらで中身も芯もない紛い物の糸
相場の世界の乾いた熱と凍るような残酷さ
大海原に無惨に投げ捨てられた
不法投棄の家電ゴミになったような
無気力さで錆び付いて 戻る浜辺を探していた
あのとき背を向けた物語の山が
海の波間からかろうじて見えた
戻りたい やっぱり言葉が溢れ出す
世界情勢に詳しくなった錯覚を起こして
経済ニュースを眉間に皺を寄せて読んで
カッコよく出来る人間か
嘲笑される大金を溶かすアホになりたかった
無意識に物語の線を探してた
面白いネタの鍵も探せず
たった二千円ちょっとの損で
愚にもつかない事をグダグダと言葉にする
あの山道に戻りたくなった
無我夢中で泳ぎ浜から足を引き摺り歩き
やっと戻ってきた 言葉と物語の山に
山道をまた登り始めた僕は
汗を拭うためにハンカチを取り出そうとした
ポケットに入っていたのは
ハンカチでもティッシュでもスマホでもなく
無駄で、取るに足りない物ばかりだった
今日バス停で見た時刻表の
パステルカラーの濃淡の優しさとか
電柱に止まるカラスが
もしクリスタルガラスの羽を持っていたらとか
駅のホームの左から三番目の椅子に座ると
不思議な世界への冒険の扉が開くとか
そんな空想のポップコーンが僕のポケットに
はち切れんばかりに詰まっていた
生きていく上で不要不急な役立たずな物ばかり
でも僕には必要な物なんだ
誰かに非経済的な廃棄物だと言われても
言葉の山から何度も脱走しても
やっぱりこの山登りに戻ってくる
僕のコートの大きなポケットに
一番すんなり収まるのは
大好きな小説の文庫本
やっと帰ってきたんだ
好きな物語の続きを、さあ書こう
(了)
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