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精霊が遠い町
湿気もあまり含まない土地柄。
蹄を打ち鳴らしながら荷馬車を引く馬が、その歩を進める度に砂塵が舞う。
幾つかの馬車が連なり、乾いた土ばかりの地を進んでいく。
流れる景色は乾いた茶ばかりで、忘れた頃に僅かばかりの下草が点在する。
時折そよぐ、か弱い微風にはためく荷馬車の幌の音を耳にしながら、御者は黙々と馬の手綱を握っていた。
静寂の間を埋めるように、からからと回る車輪の音に混ざり、金具の錆びれた音が響く。
鳥籠を模した、少しばかり洒落た籠の中を光の粒が舞う。
精霊灯――精霊を模して造られたゆえ、そう呼ばれるそれは、ここらの地を渡る商いには欠かせない代物だ。
この地域はマナが濃く、国からも危険地帯という勧告が出されている程。
しかし、そんな過酷な地でも暮らす人々が居るのだから、こうして定期的に商いが呼ばれる。
そこでかつての領主が編み出したのが精霊灯だ。
魔力を込め生成された光の粒を籠に封することで、精霊が通ることで出来る道の再現に成功した。
それ以降、他地域から出入りするものは領境で精霊灯を託され、マナの濃い地でも、比較的安全に通過出来るようになった。
その精霊灯が荷馬車の揺れに合わせて揺れる。
それからややし、御者が手綱を操り馬の速度を緩め始める。
遠目に外壁が見え始めた。あれはこの領唯一の都でもある領都だ。
微風が吹き抜け、砂塵を乾いた空へと舞い上げた。
無事に関所をくぐり抜けた商いらは、石畳の敷き詰めれた円形広場に荷を下ろし始めていた。
領都の周辺は乾いた土ばかりだが、意外なところで領都の整備は施されており、領都内では精霊灯がなくとも行動が出来る。
だが、豊かな土地とは言えぬゆえに、領都というよりも領町といった方がしっくりとくる、少しだけ寂しさを感じさせる都だ。
けれども、決して豊かとは言えぬか地だからだろう。ここで暮らす人々は結束力が強く、あたたかい。
だから、商いらも苦だろうと徒だろうと足を運ぶのだ。
しかし、近頃はここまで辿り着くのに、前ほどの苦は感じていないような気がしていた。
他地域からこの領都への道のり。
精霊灯があるから通れるその道中は、精霊灯があるといえど、やはりマナの濃さに影響され、息苦しさなどの不調はどうしても感じてしまうものだ。
なのに、近頃はそれが軽減されている気がしていた。
精霊灯が改良されたのかもしれない。
それは商いらにとっては有り難いことだ。
荷を下ろし、天幕を広げ、商品を陳列すれば、広場は市場に様変わりする。
家々から領民がまだかまだかと集まりだし、商いらのらっしゃいの声を合図に、広場は活気に包まれ始めた。
馬車から吊るされたままの精霊灯が、微風に小さく揺れ、物悲しく金具が鳴く。
*
『……ふーん、精霊灯ねぇー……』
広場の端。遠目から活気に包まれた市場を、胡乱な目付きで眺めやる白狼の姿があった。
認識阻害が働いているために、領民は白狼の横を過ぎてもその存在に気付かない。
また一人、白狼の横を過ぎて市場へと駆け込んでいった。
『このマナの濃い地で、どうやって人が暮らしているのかなと思ったら――』
酷く冷めた碧の瞳が、領都の町並みを睥睨する。
町中に点在する街灯らしきもの。
その中で踊る光の粒は、大層人の目を楽しませるものだろう。
領民の会話を耳にするに、あれも精霊灯と呼ばれるものらしい。
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