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父の連絡先を知っていますか
「父の連絡先を知っていますか」
その文言を見て、タカは深いため息をついた。
いつかその日が来ると薄々思っていたからだ。
タカはすぐに返信をした。
「知っていますよ。090-XXXX-XXXXです」
メールを送信し、間髪入れずハルに電話をかけた。
ハルがすぐに電話に出た。
「はい」
「ハルさん。連絡、するんですか?」
「え?あっ、はい。どうしても父に聞きたいことがあって」
「連絡するとき、隣にいましょうか?」
「ええっいえ!大丈夫です。僕と父の問題ですし……って、散々タカさんにお世話になっておいて、いまさらこんなこと言うのもおかしいですけど。何かあったらすぐ連絡します」
タカは、ハルに聞こえないくらいの小さなため息をついた。
「そうですか。あの、ハルさん」
「はい」
「どうしてお父さんに?」
「直接……聞きたいことがあるんです。なんとなくですけど、父と直接話したほうが良いかなって思って。父が僕を受け入れてくれたら、の話ですけど」
「受け入れてくれたらって……。立場が逆ですよ。ハルさんが下に出る必要はないです。突き放されたのはハルさんのほうなんですから」
「あ、まあ……」
「すみません。人の父親に対してこんな言い方して」
「あ、いえ。あの、本当はこういうの母に聞けばいいんでしょうけど……咄嗟にタカさんの顔が浮かんで」
「え?なに?」
「連絡先です。父の連絡先。母もおそらく連絡先は知ってるでしょうから、母に聞けばいいんですけど」
「ああ……お母さんに心配かけたくないってことですよね」
「えっ、あ、まあそれもありますけど……。母にはいろいろ終わったらまとめて報告しようとは思ってます」
タカがふっと笑って言う。
「ハルさんは本当に人の心を守ろうとするよね」
「え?」
「いや。じゃあお父さんに連絡したら、連絡先は僕から聞いたと伝えてください。僕のことはなんでもはなしてくれていいですから」
「あ、はい。そのことなんですけど……」
「ん?」
「もしかしたら、なんですけど……話の流れで父に僕の今の状態や、タカさんも僕と同じ機能が使えるってこと……話してしまっても大丈夫ですか?」
「もちろん。全て話してもらって構わないです」
「父は、知らないんですよね?」
「はい。僕はその話をしたことないです」
「分かりました。ありがとうございます」
「ハルさん、もしかしてお父さんに会うことも考えてます?」
「いやあ……そこまでは。父が今どこにいるかも分からないですし」
「そうですか。もし……」
「はい」
「あ、いえ。わかりました」
「……はい」
「……」
「……タカさん?」
「すみません。じゃあ、連絡待ってますね」
「はい」
「じゃ」
電話が終わり、タカはスマホのダイヤル画面を出してハルの父親の番号を一つずつゆっくりと押していく。
090から始まるこの番号はタカの記憶に深く焼きついていた。もう二度と見たくない数字の並びだった。
ハルの兄が亡くなって以降、友人知人への訃報の連絡や遺品整理の関係で何度かやり取りをしたきり、タカからも、父親からも、互いに連絡をすることはなかった。
タカは画面に表示された番号をしばらく見つめ、そのままベッドに体を預けた。そしてスマホを握りしめ、ゆっくりと目を閉じる。
体を八つ裂きにされるかのような耐え難い心の痛みと苦しみ。それを知ったあの頃の記憶が、瞼の裏に少しずつ蘇ってくるのを感じた。
しばらくしてから再び体を起こし、親指で発信のボタンを押した。
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