3人が本棚に入れています
本棚に追加
すみません、前の席よろしいですか。
ええ、ええ。他の席も空いているんですけどねえ、私はお話ししたいんですよ、貴方と。それでは失礼致します。
いやはや、にしてもこの車両は特別ですよね。ほら、他の車両と違って、この車両の窓は小さくて丸い。開けたら丁度顔を出せるほどの大きさでしょうか。
ああ、走行中は危険なので本当に開けては駄目ですよ。例え話なので。
景色が代わり映えしないのが辛いですけどね。この列車内で、私達が座っている付近のここの窓だけが、真っ白な景色しか見えない。まるで雪に埋もれたようです。
貴方は列車の外の……無の世界をどう思いましたか。興味が湧きますか、胸が踊りますか、怖いですか。
結論が出てもお口は閉じたままでお願い致します。貴方にはまだ考えてほしいことがございますので。
さて、突然ですが、私が今乗っている列車の名をご存知ですか。
世界明日行き列車、です。その名の通り、明日へ向かうために人々が乗車する列車です。
今までに乗った記憶が無い? それはそうですよ。夢の中や瞬きをする一瞬などに、意識だけが列車に乗っているのですから。
貴方のポケットの中にもあるはずですよ、世界明日行き列車用の切符が。無期限の片道切符で、一人ひとり形状の異なる素敵なものです。
……え、失くしたのですか。一体何処で。
……破った。ご自身で千切り捨てたと。
驚きはしませんよ。この数日だけでも、ある程度そういう方々がいらっしゃいましたから。勿論、貴方の個人的な問題に介入したり探ったりする気もありません。
ここまで隠していましたが、私、切符の紛失者がわかる能力を持っていましてね。
そんな方々に会う度にお渡ししているものがありまして……こちらです。
鍵。こちらをポケットに入れてください。この鍵、言ってしまえば効果は切符と同じなので、お守りのようなものです。気楽にお持ちください。
人生ってまるで自分と自分で繋ぐリレーみたいで、一日を越える際に明日の自分へバトンを渡します。その時、この鍵を所持していれば大丈夫ですよ、きっと。
明日の先に誰も居ないと思っていても良いのです。ただし、扉を開けた奥では自分が笑顔で出迎えること、忘れないでくださいね。
貴重なお時間を頂き有難うございました。それでは失礼します。
……「まだ考えてほしいこと」が何か、って? 全てですよ。人生の道の材料は、コンクリートでも土でもなく、考えで出来ていますから。
改めて。では、良い旅を。
最初のコメントを投稿しよう!