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 僕らは中学3年生だった。公立高校の受験が目前に迫っていた。  クラスメイトたちは、少なからず緊張感のある生活を送っているように見えたが、友だちのユウ君だけは、ぬるぬるした空気を漂わせていた。 「おまえ、受験しないの?」  ある日の休み時間。僕は、そんな訳ないと思いながらも彼に尋ねてみた。  すると意外にも彼は真剣な表情で、僕の右耳に唇が触れるほどの距離で、こう囁いた。 「龍が現れて、すべてが見えるようになってしまったんだ」  僕の聞き違いだろうか?  僕は少し戸惑って、ドキドキしながら、こう伝えてみた。 「今頃?! 案外、遅かったんだな」  ユウ君は赤面して、テヘヘと照れ笑いした。  それから彼は少しモジモジしながら 「君が初めて龍を見たのはいつ?」 と尋ねた。 「小学5年かな・・」 「マジ?! うわっ 出遅れた」  そんな会話をした直後。  国語の授業で、若々しい奥寺祐一郎先生が、こんなことを言う。 「高村光太郎は、僕の前に道はない、僕の後ろに道はできると言ったが、これはすなわち龍の通り道について説明したものであり・・」  僕は廊下側の後ろの方に座っているユウ君の顔を思わず振り向いていた。  やはり!  ユウ君は真っ赤になっている。  僕は、可笑しくなって 「あははは・・はははは・・」 と声を上げて笑ってしまう。 「何がおかしいんだ?! 西。おまえ不謹慎だぞ。廊下に出て頭冷やして来い」  奥寺先生が真面目に怒っているので、僕はとりあえず席を立ち、後ろの戸を開けて廊下に出てみた。  せっかく教室から出ることができたのに、黙って廊下に立っているのは時間の無駄だ。  僕は音を立てないよう摺り足で玄関まで移動し、外靴に履き替えてグランドの裏にある堤防まで一目散に走った。  空には龍が飛び交っている。 a2f95fdd-125a-4339-b57d-d2e503c4e815 「おーい! 龍よ!  背中に乗せてくれ〜」  空に向かって、そう叫ぶと晴れ渡る空に突如、雷鳴が轟き、僕は龍の背に乗っていた。      龍は悠々と大空を舞いながら、昨日のユウ君の家に僕を運んだ。  ユウ君のお母さんは床に臥していた。  ユウ君がお母さんのために、お粥を作ろうとして米ビツを開けたが、米は一粒もなかった。  ユウ君は食卓テーブルの上にある財布を開けてみたが、お金は1円たりとも入っていない。  ユウ君はコップに水を入れて 「お母さん。お水飲むかい?」 と優しく尋ねる。  お母さんは嬉しそうに 「ありがとう」 と上半身を、やっと起こす。  ユウ君は、お母さんの背中を支え、震えるお母さんの手を支えながら、お母さんに水を飲ませる。  僕は急に胸が苦しくなって、龍の背中から飛び降りた。  龍は、あっという間に姿を消し、僕はユウ君の家の天井の暗がりに張り付いたまま動けなくなった。    夜中、ユウ君のお母さんは熱にうなされ苦しそうに唸っている。  ユウ君は、水道の水でタオルを濡らし、お母さんの額にタオルを当てている。  タオルを何度も冷やしては、お母さんの額を冷やし続けているユウ君は、もはや英雄のように輝いて見える。  僕は龍を呼びつけて言った。 「おい! ユウ君とお母さんを幸せにしろ」  龍は僕に片手を出し 「代わりに、おまえは何を差し出す?」 と聞いた。  僕は少し考えて 「その分、僕の自由を渡すよ」 と答えた。  僕が堤防に寝転がっていると、教頭先生と生活指導係の先生が来て 「・・ったく。早く起きろ!」 と僕の腕をつかんだまま生活指導室に連れて行かれた。 「おまえは明日から、この部屋に登校しろ!」  生活指導係の中川先生は、案外、嬉しそうな表情で、そう言った。 「この部屋に登校して何するんですか?」  僕までワクワクして、そう尋ねた。 「俺の手伝いをするんだ。おまえにピッタリの仕事だぞ」  次の日か、その次の日か、だんだんわからなくなってきたが、僕は朝、学校へ行くと生活指導室に直行した。  中川先生がニコニコして僕を待っていた。 「これは何だと思う?」  机の上に広げられた白い布の上に、土器のカケラみたいなものが無数に散らばっている。 「土器ですか?」 「そうだ!」 「これを繋ぎ合わせろと?」 「そうだ!」  中川先生は、この辺では名の知れた郷土史家だ。山や河原を掘り返しては古代の遺物を拾い集めて研究している。 「もし適当に繋ぎ合わせて、最後に話しが合わなかったらどうするんですか?」 「最後に話しが合うように繋ぐんだ!」 「そんなこと・・」 「おまえなら、できるはずだ。必ずできる。自分を信じて真剣に考えながらやるんだ」 「できなかったら?」 「できるまで、この部屋に通学させる」 「マジっすか?」  そんな会話を交わすと、中川先生は職員会議に行ってしまった。  僕は、面白いことになったなぁと開き直り、窓のない生活指導室の壁にもたれ、床に座り込んで少し眠ることにした。  どれくらい眠ったろう。  龍が僕の鼻先をペロペロと舐めている。 「やめろ!せっかく気持ちよく眠っているのに」  僕は寝ぼけて龍の髭を捕まえて、軽く引っ張りながら叫んだ。 「おい、できたぞ」    龍は鼻先で机の上にある壺を指し示した。 「何やってんだよ! 誰もおまえに手伝えなんて頼んでないだろう。できちゃったらダメじゃないか。せっかくのリゾート地から僕を追い出そうって言うのか?!」  僕は龍を、どやしつけた。  龍はチッと舌を鳴らして消えてしまう。  やれやれ。    土器のカケラたちは見事なまでに組み上げられて、出来上がった壺には龍の紋章さえ浮き上がって見える。  中川先生が入って来て 「おや! もう完成したのか! 天才だな」 などと言いながら、出来上がった壺をまじまじと眺め回した。  僕はつまらなそうにアクビをした。  中川先生は、更に新しいカケラたちを次から次へと運んで来たが、僕はまるで何の苦労もせず壁にもたれかかって眠っている間に、龍が現れて勝手にどんどん壺やら、土偶やら、鍋などを組み上げていく。  その日、最後に組み立てられていたのは複雑な形をした龍の置物のように見えた。  それは、昨夜か、その前の夜か、ユウ君の家で見た龍の形をした吸飲みだった。  ユウ君のお母さんが床に臥したまま、喉が渇いたら、龍の髭を口に含むと水が飲めるのだ。  その吸飲みから時々、水を飲むと、ユウ君のお母さんは、みるみる元気になって、朝には、スッキリ起き上がり、疲れて眠っているユウ君のために、あたたかい味噌汁を作ることができたのだ。 「しかし、この龍のようなものは何だろう。昔、の恐竜か何かだろうか? 土偶のように、何かを祈るための置物だろうか?」  中川先生が、不思議そうに眺めているので、僕は使い方を説明した。 「た・・確かに、この髭の部分はストローのように穴が貫通してるが・・・しかし、おまえは、どうしてそんな使い方を、まるで見ていたかのように説明できるんだ?」  中川先生は、まるで化け物を見るような怯えた目で僕を見ている。 「見たことがあるんです。嘘じゃない。ユウ君も一緒に見ていました。なんならユウ君を、ここに呼んで下さい」  すぐ、ユウ君は呼ばれて来て、龍を見るなり叫んだ。 「あ、母さんを助けてくれた龍だ!」  中川先生は、僕らが何を言っているのか理解できず、口から泡を吹くくらい驚いて、矢継ぎ早に僕らに質問した。 「君らは古代人か?!それとも何か見えているのか?!おかしいじゃないか。どうして、こんな複雑なモノを、あのバラバラなカケラから、あっという間に組み立てたりできるんだ?しかも使い方まで知っているとは、ど、ど、どういうことなんだ?」  ユウ君は、また真っ赤になって黙り込んでしまった。  僕は、どうせ本当のことを話しても先生には理解できないと思ったので、こう答えておいた。 「先生の方こそ、どうして、そんなことくらい、わからないんですか? 常識でしょ。病気になった時、コレ使って治したことないんですか? 下手な薬より、断然よく効きますよ」 「えっ!」  中川先生は、不気味そうに僕を見て 「た、助かったよ。また、頼んでもいいかな?」 と、不安と期待の入り混じったような目で僕を見た。  僕は、勿体ぶって、フーッとため息を吐き 「別にいいんだけど。受験、終わってからにしてもらえますか?」 と、ワザとらしく言ってみた。 「頼むよ。なんならバイト料払うから、高校生になっても手伝ってくれないかな」  中川先生は、真面目に、そう言っているように見えた。  僕は腹立たしくなって怒鳴った。 「先生は、せっかく一生懸命に収集した古代のカケラたちを、自分でウキウキしながら組み立てる喜びを放棄したいんですか? それじゃまるで、ジグソーパズルを買って置きながら、難しいからと誰かに作ってもらうみたいな、まったく意味のない、中途半端な行為じゃありませんか? 僕にとって手伝うことは簡単です。眠っていながらでも組み立てられるくらい、どうってことはないんだから。だけど、それじゃ、古代への浪漫も何も味わう楽しみがない。僕は、先生の人生の最も美味しい部分を奪ってしまうことが怖い。わかるでしょう。この試行錯誤こそ、人生の最も素敵な天国への階段じゃありませんか」  すると!  ユウ君が僕の言葉を遮って叫んだ。 「ダメダメ! そんなことでは人生、疲れるぞ。もっとぬるっと。なまぬるく・・」 「あははは。言われた・・」  僕とユウ君は肩を組んで、生活指導室を後にした。  夕暮れの雲に隠れて、龍がクスッと笑っていた。 2edeb3e3-dd2a-4650-ae26-d87b654c5fa7  了  
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