思い出ベンチ

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会社が休みなので、僕は駅前の本屋に行こうと外に出た。 風が少し吹いて寒いと気象ニュースで言っていたのに、手袋を家に忘れてきてしまったのでコートのポケットの中に手を入れると指先が冷たい物に触れた。 「なんだ?」 と、それを取り出してみると、コインロッカーの鍵だった。 【東京駅八重洲口コインロッカー208】と書いてある。 なぜこんな鍵が?気味悪く思ったが、好奇心が湧いて駅に行き電車に乗って東京駅に向かった。 八重洲口のコインロッカーはすぐ見つかり、鍵を挿す前に一瞬躊躇したが、208番に鍵を挿した。ガチャッと鍵が開いてドキドキしながら中を覗くと、またコインロッカーの鍵が入っていた。 【東京駅丸の内北口コインロッカー506】 またコインロッカー?そう思ったが、そのまま丸の内北口へ向かった。 丸の内北口コインロッカー506、鍵を挿し開けてみた。 そこには封筒が入っていて、開いてみるとカードが入っていて 【日比谷公園 噴水前 思い出ベンチ】と印刷された文字で書いてあった。 スマホで検索すると日比谷公園に思い出ベンチという、申し込んだ人のメッセージがベンチの背もたれについているプレートに貼ってあるベンチがあると書いてあった。 東京駅から有楽町を抜けて、日比谷公園まで歩いて行った。 その頃には風も無くなり陽射しがぽかぽかと暖かかった。 日比谷公園につくと沢山のベンチがあった。それぞれのベンチに1つずつ人々の思い出が書いてある。 「こんな沢山のベンチの中から何を探せばいいんだ」 そう思ったが、それはすぐに見つかった。 ベンチの1つに妻が座っていたのだ。 「やっぱり綾か……」 綾はにっこり微笑んで 「ご苦労さま」とペットボトルのお茶を僕に渡した。 「今日、仕事じゃ無かったの?」と隣に座って聞くと 「実はお休みでした」と笑った。 「僕が来なかったらどうするつもりだったの?」 「あと2時間待って来なかったら諦めるつもりだった。でもあなたなら鍵を見つけたら来るかなぁ?と思ってね」 「なんでこんな手の混んだ事を」 「今日は何の日か覚えている?」 「僕も綾も誕生日じゃないし、結婚記念日でもないし……」 「やはり忘れているか」 「何の日なんだ?」 「こちらをご覧ください」と綾はマジシャンのようにベンチのプレートを指差した。 そこには 【30年前にプロポーズしたのが日比谷公園でした。いつまでも愛しい家族が幸せでありますように 川瀬健二 由美子】と書かれていた。 「川瀬健二と由美子って、綾のお父さんお母さんじゃないか」 「そうなのよ、両親が20年前ぐらいに思い出ベンチを申し込んでね」 「そうだったのか……あ!そうか今日は僕がプロポーズした日か」 「大正解!!それでこのベンチを思い出してね。あなたがプロポーズしてくれたのはこの場所じゃないんだけど、こないだお兄ちゃんから連絡が来てね、このベンチが今度改装工事のために全部撤去されちゃうんだって、だからあなたとの思い出の日にここに2人で来たいと思ったの」 「そうだったのか」 そして僕らはそこで何枚もスマホで写真を撮り、2人で自撮りしてベンチも写るようにした。 まるで綾の亡き両親と一緒に写真を撮っているような気がした。 「さて、お名残り惜しいけれど、お腹も空いたわ。せっかくだから何か美味しい物を食べよう」 そう言って綾は立ち上がり公園の出口へ歩き出した。 僕の腕に腕を組み、最後にチラッとベンチを見て 「ありがとう」と小さく言った。 綾の両親の思い出の場所が新たな僕たちの思い出を作る。 僕は綾の手をとって、僕のポケットの中に入れた。 2人の暖かい手がそこにあった。 おわり
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