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雨は上がっていたけど、月の見えない真っ暗な夜だった。橋の真ん中辺りに私はいたんだけど、一番近くの外灯の電球は切れていたから、彼の顔だけがはっきりと見えたのは不思議で覚えてる。
背は高いと思っていたけど……今考えると同じ位だったかも。目はウサギみたいに赤く充血してた。肌も青白くて生きてる感じがしないというか……そう、子供の頃、東京タワーで見たロウ人形そっくり。
だって目鼻立ちも外人みたいだったし。顔以外は黒いということしか……暗闇に溶け込んでいるみたいに。黒い髪はまっすぐで、肩くらいまでの長さ。長いマントのようなものを着ていて、それも黒っぽくて足まで隠れてたから、靴をはいてたかもわからない。
『君が死ぬことはないんだよ』
彼が、もう一度言った。
でも、もしかしたら彼はしゃべっていなかったのかも……口がほとんど動いてなかったし。そう、不思議ね。声だけが、はっきり聞こえたの。
『あなたは?』と尋ねると『君の友だちだよ』と彼は答えた。
そして突然、彼は私の右手を握ってきた。でもさりげなくて、ええ、全然嫌じゃなかった。
『おいで、君の望んでいることをしよう』
たしかそう言ってたと思う。
彼は紫色の唇をかすかに歪ませ、笑っているようにも見えた。
それから? 彼に手を引かれるまま、歩いたわ。
彼の後姿は完全に闇に溶け込んでいて……数歩先にいるはずなのに私には見えなかった。でも私の右手はたしかに氷のように冷たい彼の手に包まれていた。
彼と一緒に歩いて、初めて夜の美しさに気づいたの。
陸橋を離れ、線路沿いの人気のない道を歩いた。
よく見えないはずなのに、注目したものの何もかもがはっきり見えるの。
線路の金網沿いに生えている雑草。小さな葉の上で光る雨露の玉に右手に見える家並が逆さまに映っていた。
塀の上に座っている黒猫が金色の目を大きく開け、こちらを見てたこと。隣の家の垣根からは、白い水仙が二、三本外に飛び出していて……風に揺れるその姿が、こちらに手を振っているようだった。
私たちは公園へ入って行ったわ。朝、駅へ行くのに通り抜ける公園。ええ、私たちは家に向かっていた。
変な話だけど、公園に入ってから気づいたの。なんで彼が私の家を知ってるのかって? そんなのわからないわ。
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