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たしかによく切れたわ。左肩から背中の肩甲骨の辺りまで、綺麗に刃が入って、スッと抜けた。
『ウッ』て呻くと、あいつは前につんのめって窓にぶつかった。自分の血にすべって倒れたのね。
しばらく動かなかったから……死んだのかなと思ったら
『いや、まだだ……もっと、もっと、もっと切り刻め』
いつのまにか彼が居間の入り口に立っていた。黒く長いマントを着ていたせいか……ひとつの長い影みたいに見えた。
彼の声音は懸命に抑えつけていたけれど、興奮しているのが伝わってきた。
あいつに視線を戻すと……息も絶え絶えという感じだった。それでも、床を這いながら、私から逃げようとしてた。ほとんど進めていなかったから、私は難なく近づくことができた。
あの女の細くてしなやかな脚。尻の付け根辺りに包丁を刺すと、そのまま腿やふくらはぎを通って足首まで包丁を動かした。
鶏肉の塊部分の厚みを均等にするのに開いたりするじゃない? それと同じ感触だったわ。肉が左右に開いて……血に濡れた、血管と、筋肉が見えるの。
綺麗だと……思った。
あの女が叫んだみたいだけれど、悲鳴の代わりに口から出たのは、大量の血だった。
『そうだ、やれ。やれ、もっと』
彼の声に促されるように、何度も何度も包丁を振り下ろした。
途中何度か刃に当たる硬いものを感じたけど、あれは……骨だったのね。
でも止まらなかった。
私の手は機械みたいに何度も何度も同じ動きを繰り返した。
結局、五十ヶ所以上傷つけたって? さっき、刑事さんに聞いたわ。
だいたい、よく数えられたよね。だってほとんど肉の塊みたいな状態だったでしょ。
なんでそんなに刺したのかって?
そんなの……先生にも他の誰にも一生わかりっこない。
ずっと……羨ましくてたまらなかった……あの女の肉体が。
でも肉の塊になった彼女を見て、わかった。
一皮むけば……みんな同じだって。
血と筋肉と臓物の塊でしかないの。
あはははははははははははははははははははははははは
先生は私の口から「後悔してる」って言葉を聞きたいんでしょ。
でも私は少しも後悔していない。それどころか安心した。
あの女が消えて初めて、自分がどんなに苦しかったかわかったから。
『苦痛から開放された?』
言いながら彼が近づいてきた。
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