後編

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 男は横になっていて、ぼさぼさの髪の間から首に刺さっている包丁の柄が見えた。喉に刺さった包丁を抜くと、ゴフッって咳みたいな音は出たけど……動くことはなかった。 『外に茂みがあるだろう、そこに隠したらいい』  彼が命じるまま、私は男の身体を引きずり、テントのすぐ外の茂みの中に隠した。  なんでそんな見つかりそうなところに置いたのか、ですって?  あの男のテントなんて、誰も好き好んで近づきやしないわ。  狭くて臭いテントの中で私は眠れなくて、夜が明けても膝を抱えた状態で座っていた。  彼? さっきまで男が寝ていたところに仰向けで眠っていたわ。  両手を胸の上で組み、私が何度話しかけても動かなくて。息もしていないみたいで、少し怖かった。  私はそこで、夜に彼が目覚めるのを待つしかなかった。  日が暮れて、彼が目覚めた。  そして三人目を殺しに行ったの。  何? 先生。それは誰かわかっているか、ですって?  ……バカにしないで。ちゃんとわかってる。私の母よ。  彼はずっと無言だったけど、私たち一緒に電車に乗って、母のマンションへ向かったの。今の家から二駅先のところ。  まだ、あの女の死体は見つかってなかったみたい。私たちは誰にも追われている感じじゃなかった。  とりあえず、マンションの周囲には誰もいなかった。何時だったのかなんて覚えてないわ。……たしか、夜の八時過ぎよ。  先生、私のやったことを記録として読んでいるんでしょう?  なんでこんなに説明させるの?  そう、彼が実在していたかどうか知りたいんだ?  ……あくまで信じようとしないのね。  ドアを開けて私を見た母の顔ったら。  最初、私が誰だかわからなかったみたいね。この緑のワンピース、派手だったし。いつもより化粧も濃かったから。  母は何か言ったか?  言ったわよ、『何なの? その格好……どうしたの?』って。  でも家の中には入れてくれた。母は……怯えていた。私はその顔に苛々して、何かで殴りつけたくなって辺りを探したわ。  そのとき彼が耳元で囁いたの。 『言ってやれ。この女を罪の業火で苦しめるんだ』  だから言ったわ。 『亮子を殺した』と。  母はどうしたか? 『ああ、なんてことなの! ごめんなさい、ごめんなさい、私のせいよ。全部私のせい!』  そんなことをずっと喚き散らしながら、足下にすがりついてきた。
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