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男は横になっていて、ぼさぼさの髪の間から首に刺さっている包丁の柄が見えた。喉に刺さった包丁を抜くと、ゴフッって咳みたいな音は出たけど……動くことはなかった。
『外に茂みがあるだろう、そこに隠したらいい』
彼が命じるまま、私は男の身体を引きずり、テントのすぐ外の茂みの中に隠した。
なんでそんな見つかりそうなところに置いたのか、ですって?
あの男のテントなんて、誰も好き好んで近づきやしないわ。
狭くて臭いテントの中で私は眠れなくて、夜が明けても膝を抱えた状態で座っていた。
彼? さっきまで男が寝ていたところに仰向けで眠っていたわ。
両手を胸の上で組み、私が何度話しかけても動かなくて。息もしていないみたいで、少し怖かった。
私はそこで、夜に彼が目覚めるのを待つしかなかった。
日が暮れて、彼が目覚めた。
そして三人目を殺しに行ったの。
何? 先生。それは誰かわかっているか、ですって?
……バカにしないで。ちゃんとわかってる。私の母よ。
彼はずっと無言だったけど、私たち一緒に電車に乗って、母のマンションへ向かったの。今の家から二駅先のところ。
まだ、あの女の死体は見つかってなかったみたい。私たちは誰にも追われている感じじゃなかった。
とりあえず、マンションの周囲には誰もいなかった。何時だったのかなんて覚えてないわ。……たしか、夜の八時過ぎよ。
先生、私のやったことを記録として読んでいるんでしょう?
なんでこんなに説明させるの?
そう、彼が実在していたかどうか知りたいんだ?
……あくまで信じようとしないのね。
ドアを開けて私を見た母の顔ったら。
最初、私が誰だかわからなかったみたいね。この緑のワンピース、派手だったし。いつもより化粧も濃かったから。
母は何か言ったか?
言ったわよ、『何なの? その格好……どうしたの?』って。
でも家の中には入れてくれた。母は……怯えていた。私はその顔に苛々して、何かで殴りつけたくなって辺りを探したわ。
そのとき彼が耳元で囁いたの。
『言ってやれ。この女を罪の業火で苦しめるんだ』
だから言ったわ。
『亮子を殺した』と。
母はどうしたか?
『ああ、なんてことなの! ごめんなさい、ごめんなさい、私のせいよ。全部私のせい!』
そんなことをずっと喚き散らしながら、足下にすがりついてきた。
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