後編

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 午前三時過ぎには自宅から逃走。十メートル先の「なかよし公園」で、住所不定無職の山本六郎さん(推定六〇)を四時頃、亮子さん殺害と同じ凶器で刺殺。遺体をすぐ近くの茂みに隠すと、二十三日の午後八時過ぎまで山本さんの住居(公園内に張ったテント)で過ごす。  同日午後十時半、電車でS駅の実家に向かい、母親咲子さん(五五)を殺害したところを駆けつけた警察官に逮捕される。  じつは亮子さん殺害後、自宅から逃走する岸田を向かいの家の長男(十九)が偶然目撃していたが、その姿(肩までの長さの鬘、およびワンピースを着用)から誰か別の人物として報告された。だがそれが捜査に混乱をきたしたわけではない。  岸田の勤務する会社に連絡を入れたところ無断欠勤していたこと。亮子さんが殺害された後、犯人はシャワーを浴びて着換えた跡などがあること。  それらのことから夫の岸田が最重要容疑者として指名手配されていた。  当時、岸田が女装していたことは知られていなかったため、第三者の関与も最後まで否定できなかった。  岸田の女装癖がいつからどうしてはじまったのかはわかっていない。自宅内の彼の自室にもその痕跡はいっさいなかったらしい。ただ、自宅近くの駅のコインロッカーから岸田のものと思われる女物の服と靴が何点か見つかっている。  二十四日午前八時から行われた警察による事情聴取に岸田は素直に応じている。  一方、自身を完全に女と思いこんでいることなど精神錯乱も認められたため、同日午後一時、K県警察病院精神科医師M氏との面談が行われた(正式な精神鑑定ではない)。その面談内容が先述したものである。  M氏は警察に対して岸田は解離性同一性障害(いわゆる多重人格)の疑いありと報告した。さらには岸田が過去に何らかの性的被害を受けた可能性を示唆した。警察が調べた結果、咲子さんの実姉から岸田が七歳のとき、近所に住みついていた浮浪者にいたずらされていたことが判明した。その男は当時逮捕され、すでに刑期を終えて、現在は普通に生活しているという。警察はその男と山本さんとは何の関係もないと断言している。  我々は咲子さんの実姉である久美さん(五八歳・仮名)にそのことについて取材した。
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