1/3
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/73ページ

 およそ一年前の六月下旬。  職場で警察からの電話を受けた静也は耳を疑った。  N県の別荘で妹の海荷が遺体で発見されたという。  悪夢を見ているような心地で霊安室へ入ると、警察は遺体の確認として妹の顔しか見せようとしなかった。身体は酷いことになっているので見ない方がいいということだった。妹と一緒に被害に遭った四人の遺体を前にした親族も全く同じことを言われていた。  白い布地を捲られ、目にした海荷の顔は最初、彼女とはわからないくらい苦痛に歪められていた。  一体、どのような目に遭ったらこんな顔になるのだろうか。  静也は衝撃のあまり、床に沈むような気がした。  なぜこんなことになったのか、静也には全くわからなかった。  三日前、大学のゼミ仲間とともに馳蔵教授の別荘に行くと言って出かける妹をいつものように送り出しただけだ。  海荷の専攻が文学部史学科なのは知っていたが、高卒の静也は彼女が何を学んでいるのかまでは、よくわからなかった。馳蔵のゼミでは「神具」について研究しているとだけ聞いていた。  ただ、大学二年になって、彼のゼミに入ってからの海荷は、フィールドワークとか何とか言って、電車で遠方へ出かけるようになった。どうやら廃村や廃神社にまつわる儀式について調べているらしい。  静也が高校生の時、両親が交通事故でいっぺんに亡くなった。頼れる親族もなかったため、静也は十歳離れた妹と二人きりで生きてきた。両親が残してくれた保険金などはあったが、静也は海荷が好きな道を進めるように高校卒業後は働くことにした。幸い役所の職員としての収入は安定していて、海荷を希望する大学に通わせることが出来ていた。  親代わりという意識もあって、日頃どうしても小言の多い静也だったが、海荷も文句を言いながらも、兄妹仲は良かったと思う。妹なりに自分の面倒ばかり見ていて働き詰めだった兄を心配していた。 『おやきとお蕎麦、どっちが食べたい?』  お土産について聞いてきた二日前の何気ないメールが、妹の最後の言葉だった。  静也が混乱する頭でなんとか理解した警察の見立ては、馳蔵と海荷たちゼミの学生五人は二日前、教授の所有するN県K町の山中にある別荘へ到着した。
/73ページ

最初のコメントを投稿しよう!