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もしかして享子が叫ぶかと静也は覚悟したが、人気のない山の中で無駄とあきらめているのか、それとも単に疲れ果てそんな気力もないのか、彼女は黙っている。
「さて……享子さんはここを覚えているだろうか」
依然怯えた様子ではあるが口をつぐんだままの享子に向かって静也は尋ねた。
「そう。馳蔵が息絶えていた場所だ。君の背後の藪の中は、すぐ崖になっている。別荘の裏手からは百mも離れていない。警察は熊が君を引きずって逃げたのを馳蔵がここまで追いかけてきたと考えた。その証拠に近くの樹に弾痕が見つかっている。馳蔵はここで熊と格闘し、致命傷を負ったが、熊の撃退に成功する。
君はショックで錯乱していたのか、逃げようとしたのか、そこの崖から下の川へ転落した」
静也は享子の表情を伺った。
酷い顔色だが、目の焦点は攫ってきた時より合っている気がした。静也の話がわかっているのか。
「……僕は事件が起きてから今まで、納得のいく答えが欲しくて、いろいろ調べた。なかなか教えてくれなかったけど、馳蔵が見つかった時の状況も知ることが出来た。教授はあるものを掴んだまま、死んでいたんだ」
静也は緊張した面持ちで、ナップザックから何か取り出した。
「ひぃぃぃぃーーっ!」
享子の口から引き攣れた声が漏れた。
「この面に見覚えがあるんだね?」
「い……いや、いやぁ! そ、それを……それを近づけないで!」
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