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 あれは夢だと思っていた。  悪夢だったと。  だが静也に突きつけられた“面”を見た瞬間、享子は頭からつま先へ一気に血の気が引く音を聞いた。嘔吐する瞬間のように全身が冷たく痺れ、腹の底から何かが迫り上がってくる。  それは記憶だった。  本能的に意識の奥深くへ追いやっていた記憶だった。  馳蔵教授のゼミを選んだのは単純に単位のためだ。  ちょっと変わり者だが、レポートを提出さえすれば必ず単位が貰えるとの噂をあまり確認もせずに決めてしまったのを享子は後悔することになる。  考古学は他の学科よりフィールドワークが多いのは承知していたが、特に馳蔵教授ゼミは外出が多かった。地方の集落や神社に祀られている古い神具やそれにまつわる儀式についてお年寄りに話を聞いたりするのだ。  教授自身は噂ほど変人ではなく、どちらかというと物腰も丁寧で、見た目も四十代のわりには若く見えた。ただ、享子は彼の眼鏡の奥で光る瞳に理由はわからないが油断できないものを感じていた。  一方で教授を盲目的にと言うと大袈裟だが、信奉している学生もいた。それが有坂海荷ともう一人の女子学生だった。残りの男子学生二人は享子と一緒であきらかに単位目的だった。  六月下旬。その日はいつもと違った。  泊まりが初めてというのもあるが、いつもは電車で現地へ向かうのに今回は馳蔵が自家用車で迎えに来た。彼の別荘で、ある遺物について意見を聞きたいという。土日を利用しての三日間だった。ほかに期末に提出するレポートについて教授が直接話を聞くので欠席できない雰囲気もあった。  馳蔵の別荘はごく普通の戸建てだった。雪の季節を想定してか、アシンメトリーの切妻屋根に煙突がついており、暖炉があった。客室は二部屋に男女で分かれて泊まった。  それまでの調査と違い、この二日はまるでサークルの合宿のようだった。馳蔵の車で近くのテニスコートに連れ出してもらい、ダブルスを楽しんだり、昼は河原でバーベキューを食べた。もちろんレポートの内容について馳蔵と個別に話す時間もあったわけだが、思い返せばほとんど遊びに来たようなものだった。 『この二日、だいぶ仲良くなったようで、よかった。今までは私の研究優先で君たちを連れ回していたからね。おかげでだいぶ進んでいるよ』  二日目の晩、馳蔵はそう言うと学生五人それぞれに目を合わせた。
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