スリルスリシ

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「なぁ少し聞きたいんだが」 「はいはいどうしました」 のどかな交番に老人が訪れた 道でも聞きたいのかと警官が近づけば、何かを出そうとポケットをまさぐっている 「おぅ兄ちゃん 自首って交番でも出来んのか?それとも大きな警察署に行かんとダメか?」 「……はい?」 ゴトリと机に何かを置いた 黒々と煌めく光沢 握りやすく使いやすい洗練されたデザイン 見間違いだと信じたいが、どう見てもそれは銃だった 非現実的な光景に慌てふためいてパトカーが駆けつけ 警察署に移送され取調べ室にて詳しい調査がスタートする 「ではおじいちゃん まず名前を」 「鏑木伴蔵 75歳 ここら一帯でスリをしているコソ泥だ」 「そんなスリがどうして銃持って自首なんて」 「俺のじゃない 今朝間違って盗んじまった」 「間違って盗んだ?そんなの信じられるわけ」 「旧宿駅の南口、ロッカーの前ですれ違う時に茶色いスーツの男から盗んだ 7時半から8時の間 監視カメラに映ってるはずだ」 「おい!誰か駅に行ってデータ貰ってこい!」 「映像を見ればわかると思うが、どうにもヤクザに見えねぇんだよ ああいう輩が持つ気配じゃないというか、そもそも俺はそんな危ない橋を渡らない」 「なるほどな それで身の危険を感じて自首してきたと」 「その通り もしも誰かの逆鱗に触れていれば殺されるのは俺の方だ 助けてくれよ警察さん」 監視カメラの映像を待つ間、刑事のポケットマネーでカツ丼をいただく 取調べ室で食べるのはまた別格に美味しくて箸が止まらない 「なぁ鏑木 なんでその男を狙ったんだ」 「服装が綺麗で靴や時計も高級品 そのうえケツのポケットがパンパンに膨らんでいた」 「まるで分厚い財布に見えたのか」 「よほど大事なのか慎重に取り扱っていたしな それでムラムラと欲が湧いて、盗んでみればまさかの銃だ この日本でポケットから銃が出てくるなんて誰が想像できるよ」 「だとしてもそんな大事にしてる物が盗られたら気づくんじゃ」 「そこはまぁ腕の見せ所よ 気づかせずに盗る方法なんざいくらでもあるし、数秒稼げれば充分逃げられる」 「そこまでいけばもはや職人技だな スリを続けてどのくらいだ?」 「本格的に取り組み始めたのは30年前 旧宿駅がリニューアルした時にごった返す人波を見てこりゃあ行けると確信してな まぁ昔から手癖は悪いしちょこちょこ盗んでたよ」 「その金は何に使ってる?」 「何にも使ってねぇさ 俺は盗むスリルが欲しいだけだ 財布だろうとスマホだろうと駅の落とし物センターに人知れず届けてる」 「そんなの信じられねぇな 何か証拠は?」 「管理人しか知らないはずの落とし物達をズラリと言い当てようか 黒財布には鳥の根付がついているなんて細部も言えるぞ」 そう言いながらカツ丼を頬張る熟練の泥棒 それを見ながら刑事はどことなく和らいだ印象を抱いていた コイツは迷惑なスリルジャンキーだが悪人ではなさそうだ だからこそどうしようかと考えていれば、なんだかガヤガヤと外が騒がしい するといきなり取調べ室にいかめしい男達が押し入ってきた 「なんだ君達は いまはコチラの管轄で」 「丸暴の佐藤だ 鏑木伴蔵、ちょいと付き合ってもらおうか」 覆面パトカーに押し込まれどこか遠くへ連れ去られる 嫌な想像が止まらない まさか警察によって殺されるとは思いもしなかった しかし考えてみればその通りだ ヤクザに見えないのに銃を持っている男なんて警察に決まっている もしもそのせいで捜査に支障が出ればそりゃあ激怒して当たり前だろう 殺すのもやむなしといったところか そんな気持ちで怯えていれば到着したのは 「あっ?高級料亭じゃねぇか」 「たまたまここで平橋組長が食事中らしい 俺達警察はそれを知らず、捜査の一環で容疑所を連れてきただけだ わかったな?」 思わず絶句して刑事を見つめる ここら一帯を取り仕切る強大なヤクザの組長がどうして俺なんかを? 警察が人を殺したとなれば問題になるからヤクザに依頼して処理させるのか? 疑問符ばかりで理解できず、ここまで来ればもはや逃げられない 諦めて唯々諾々と指示に従い案内されて通された座敷には 「おう伴蔵 元気にやってるみたいだな お前は命の恩人だ」 快活に笑う組長と 縛られて横たわる茶色いスーツの男がいた 「すみません組長 お話が何もわからないのですが」 「いやなに、儂はお前の隠れたファンでな 手口が鮮やかで気持ちが良い 盗った物もすぐに返す律義さも大好きだ」 「はぁ ありがとうございます」 「いいってことよ それで今朝、そこの男から銃を盗んだだろ」 「はい その時計や茶色いスーツには見覚えがあります」 「そいつは儂を殺しに来たヒットマンだ」 「……え?でも全くヤクザに見えないと言いますか」 「だからこそのプロなのさ カタギにしか見えず雑踏に紛れ込む そうして油断したところを襲う手口だったが、まさかそれが仇となってスリに遭うとはとんだ笑い話だ」 「では俺が盗んだおかげで」 「コイツは武器が無くなり何もできず、我が組は1人の死人も出さずに勝利した 言っただろう、お前は命の恩人だとな」 にわかには信じられないがたまたまヤクザの組長を助けたらしい 呆然としていれば茶色いスーツの男がどこかへ運ばれていく きっと楽しい海中旅行だ 魅力的すぎて帰れない素晴らしい体験を味わうのだろう 「さて伴蔵 警察に無理言ってここまで連れてこさせたのは、お前を逃がすためでもある 裏口に信頼できる若いのがいるからそいつの運転で帰るといい」 「何から何まで本当にありがとうございます」 「感謝したいのはむしろコッチだ これからも元気にスリルを楽しめよ」 殺されると思ったのにむしろ褒めちぎられるとは 夢心地で促されるまま裏口から出れば、黒塗りの高級車とガラの悪い男が待っていた 「伴蔵さん どうぞこちらへお乗りください」 「ありがとよ あぁ住所は」 「大丈夫です 知っています」 本当にそのままキッチリと家の前で降ろされた なにもかも把握されている恐怖に思わず寒気だつ 「改めてになりますが、この度はありがとうございました コチラは組長からのほんのお気持ちです」 そう言いながらズシリと重い封筒を渡された とてもじゃないが断れず、不躾ながらチラリと覗けば札束が見える こんな大金受け取れねぇよ 走り去るテールランプに向けてボソリとそんな言葉を投げかけた 家に入って鍵を閉め、深々と息を吐いてようやく気持ちが少しずつ落ち着く 今朝間違って銃を盗み間接的に組長を助けた 何もかも信じられないが、目の前に鎮座する封筒がその証拠 ……やり返したいな そんな思いが鎌首をもたげた やらっぱなしは性に合わない 怒られない範囲でちょっかいを出したい ヤクザ相手にイタズラをしよう そんな考えを閃いた瞬間とんでもないスリルでワクワクしてきた 「おい!!どこ見て歩いてやがんだ!!」 通勤ラッシュでごった返す駅の構内でガラの悪い男が叫ぶ すれ違いざまに誰かとぶつかったがこの人波ではわからない 舌打ち交じりに歩き出せばふと違和感に気がつく ポッケがやけにズシリと重い つい10秒前までは絶対に軽かった なのにどうして、何が入っている おそるおそるポッケに手を伸ばせばそこには 達筆な字で“平橋組長にお返しください”と書かれた分厚い封筒がねじ込まれていた
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