震 告

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「親子なら他にもいると思うので。今からピアノの教室に行かないといけないんです。ちょっとどいてもらえます?」  そう言って再び私を通り過ぎようとする母親の前に回り込んで「お願いします!」と頭を下げる。母親だけでなく、通り過ぎる通行人が変なモノを見たような顔ですれ違っていく。 「いい加減にしてもらえます?」  母親が苛立った様子で腕を組んだ瞬間、少女の顔から震えが消えた事に気づく。何が起こっているのか分からないと言った様子で目を丸くして私を見上げている。 「良かった……。すみません、ありがとうございました」 「はい? なんなのよ、まったく」  母親が大きく溜息を吐きながら歩き出す。私が安堵感に包まれていると、左方から大きなクラクションが聴こえて来た。  その音が近いなと思った時には既に私の身体は吹き飛ばされ、異常な方向に曲がった自分の左足が視界に入った。  轢かれた。  その事実を頭で理解すると同時に、経験したことの無い痛みが全身を襲う。  スローモーションのように地面に墜落していく私を通り過ぎた車は、電柱にぶつかって停止する。衝突の衝撃で吹き飛んだサイドミラーが倒れ込む私の前に転がって来る。  ヒビの入ったミラーに映る自分の顔。  その顔は、これまで見た誰の顔よりも、震えていた。
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