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昔、昔、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
おばあさんは川で洗濯していると、なんと川上から大きなポケットが流れてきたのです。おばあさんはその大きなポケットを拾い上げました。
「なんて大きなポケットなんだ。家へ持って帰ろう」と
おばあさんは背中に担ぎ、家まで、よっこらしょ、よっこらしょ、と言いながら帰りました。
家に帰ったおばあさんは、大きなポケットを、おじいさんと一緒に開けました。
すると、なんとポケットの中には赤ちゃんが入っていたのです。
おじいさんとおばあさんは、とてもびっくりしました。しかし、それと同時にとても嬉しがりました。おじいさんとおばあさんには、子供がいなかったので、その赤ちゃんを我が子のように可愛がりました。
「なんていう名前にしましょうか?」と、おばあさんは言いました。
「ポケットから生まれたから。ポケッ太郎というのはどうだろう」と、おじいさんは答えました」
ポケッ太郎は、おじいさんとおばあさんに、甘やかされながら大切に育てられました。
その甲斐もあり、ポケッ太郎は大きく成長し、一日中、ポケーっと過ごす、ぼんやり屋な性格になりました。
この日も、寝転びながら空を見上げ、ポケーっと過ごしていると、そこに、おじいさんとおばあさんがやってきました。
「ポケッ太郎や、いつもポケーっとしているけど、何かやりたいことは無いのか?」と、おじいさんは訊きました。
ポケッ太郎はしばらく考え、「ない」と答えました。
「いい大人が、毎日毎日、ポケーっとして。こんな風に育てるつもりじゃなかったのに」と、おばあさんは泣き崩れました。
それを見たポケッ太郎は居た堪れない気持ちになりました。
ポケッ太郎は一念発起しようと決めました。しかし何から手を付けていいのか分からず、おじいさんとおばあさんに相談しました。おじいさんとおばあさんは、ポケッ太郎のその姿に、とても喜びました。二人して抱き合い涙するほどでした。
「よく、やる気になってくれた。わしは嬉しいぞ、ポケッ太郎」と、おじいさんが言いました。
「私は、いつかはこうなるって信じてましたよ。だって私たちが育てた子じゃないですか」と、おばあさんは言いました。
「やはり、男がやるからには、何か大きなことを成し遂げないと」と、おじいさんが言う。
「人様のお役になることも大切ですよ」と、おばあさんが言う。
「そうだ鬼退治が良い」
「そうですね。悪さをする鬼に、みんな困ってますものね」
おじいさんとおばあさんは話し合い、ポケッ太郎に鬼ヶ島に行って鬼を退治するように勧めました。
難易度、高ッ!!。毎日、ポケーっとしていた我が子に頼むことか。まずは、初めてのおつかい程度の頼み事でよくない?とポケッ太郎は心の中でツッコミましたが、渋々承諾しました。
その代わりに、交換条件を出したのです。
「鬼退治を成し遂げたら、毎日、ポケーっと過ごすぞ。文句はないな」と。
おじいさんとおばあさんは、ポケッ太郎の案に承諾しました。
鬼退治をすれば、金銀財宝を持って帰ってきてくれる。これで二千万円問題も解決するはず。私たちの老後は安泰だ。おじいさんとおばあさんは、そんなことを考えていました。
ポケッ太郎が鬼ヶ島に出発する日がやって来ました。
旅に出るポケッ太郎に、おばあさんはビスケットを持たせました。
「お腹が空いたら、ビスケットを食べなさい。でも食べすぎには注意よ。それと、おへそを出して寝ないように。風邪もひかないように。あなたは、やれば出来る子よ」
おばあさんはそう言いながら、ポケッ太郎の服のポケットがパンパンになるほどビスケットを詰め込みました。
ポケットには、ビスケットと二人からの期待、それに未体験への一抹の不安が入り、ポケッ太郎はとても重く感じました。それでも、鬼ヶ島を目指し旅に出ました。
おじいさんとおばさんは、旅に出るポケッ太郎を見送りました。ポケッ太郎の姿が見えなくなるまで、いつまでも見送ったのです。
旅の途中、ポケッ太郎は一匹のカンガルーに出会いました。
「ポケッ太郎さん、どこに行くんだい?」とカンガルーは訊きました。
「鬼を退治しに、鬼ヶ島へ」とポケッ太郎は答えました。
「だったら私も一緒に連れって行ってくれませんか?」とカンガルーは言うのです。
ポケッ太郎は理由を訊ねました。
カンガルーは曰く、そのカンガルーは腕力が強くて威張っていたという。しかし仲間からは段々と嫌がられ、孤立した存在になったという。そこで、みんなを見返すために、一旗揚げてやろうと旅しているところのようだ。
カンガルーは、みんなに認められたくて虚勢を張っているように、ポケッ太郎は感じました。
ポケッ太郎は、ポケットのあるカンガルーに親近感を覚え、仲間にすることにしました。
「ところでポケッ太郎さん、君のポケットはパンパンだけど何が入っているんだい?」とカンガルーは訊いてきました。
「ビスケットさ」。ポケッ太郎は、ポケットからビスケットを取り出し見せました。
「なんでまた、ビスケットなんかポケットに入れてるんだい?」とカンガルーは訊きました。
「僕たちの村には、ポケットの中のビスケットは、食べても食べても無くならないから安心しなさい、っていう、おまじないがあるのさ。君にも分けてあげるから、ポケットの中に入れておくといいよ」
ポケッ太郎はカンガルーにビスケットを分けてやりました。
ポケッ太郎とカンガルーはお互いのポケットを共有しているようで、より一層絆を深めました。
ポケッ太郎とカンガルーが旅を続けていると、一匹のコアラと出会いました。
「ポケッ太郎さんにカンガルーさん、どこに行くんだい?」とコアラは訊ねました。
「鬼を退治しに、鬼ヶ島へ」と二人は答えました。
「だったら私も一緒に連れって行ってくれませんか?」とコアラは言うのです。
二人はコアラに理由を訊ねました。
コアラ曰く、そのコアラは仲間と一緒にいることが好きなようで、いつも誰かに、おぶってもらっていたそうだ。すると仲間から、いい加減自立をしろ、っと鬱陶しがられたそうだ。そこで自立するため一人で旅に出たものの、やっぱり寂しくなったようです。
ポケッ太郎も考えます。周りの大人たちは、助け合え、と言ってたかと思うと、自立しろ、とも言う。一緒に暮らしていると、確かに共存と依存のバランスは改めて難しいものだと思ったのです。
その答えは出ませんが、ポケッ太郎はポケットのあるコアラも仲間にすることにしました。
そしてポケッ太郎はコアラにもビスケットを分け与えました。僕たちはお互いのポケットを共有することにした。そうすることで、お互いの悩みを分け、軽くなれたような気がしたのでした。
ポケッ太郎とカンガルーとコアラが旅を続けていると、一匹のハムスターと出会いました。
「ポケッ太郎さんにカンガルーさんにコアラさん、どこに行くんだい?」とハムスターは訊ねました。
「鬼を退治しに、鬼ヶ島へ」と三人は答えました。
「だったら私も一緒に連れって行ってくれませんか?」とハムスターは言うのです。
ポケッ太郎たちは、ハムスターに理由を訊きました。
ハムスター曰く、そのハムスターは他人の目が気になって、いつもビクビクして過ごしていたという。仲間から、もっと堂々しろと言われ、面倒くさがられたそうだ。そこで旅に出て、いろんな人と交流することで、自分を変えようと決めたそうだ。
「旅は道連れ、世は情け、って言うじゃありませんか?どうか一緒に同行させてくれませんか?」とハムスターは懇願した。
ポケッ太郎は悩みます。「君、ポケットが無いだろ?」とハムスターに言いました。
「私にもポケットならありますよ。口の中に頬袋っていうポケットがあるんです」とハムスターは答えました。
ポケッ太郎はハムスターも仲間にすることにしました。ハムスターにもビスケットを渡すと、ハムスターはそのビスケットを頬袋に入れました。みるみる顔の輪郭が変わるハムスターを見て、ポケッ太郎たちは大笑いました。ハムスターも照れていましたが満更でもない表情をしていました。
ポケッ太郎たちはポケットを共有した者同士。お互い助け合いながら、旅を続けました。
ポケッ太郎を先頭に、腕力の強いカンガルーが木の棒を担ぎ、木の棒にコアラが抱き着き、コアラに抱っこされるようにハムスターがいました。そうやって鬼ヶ島を目指しました。
旅も終盤、鬼ヶ島付近に差し掛かると、道は二手に分かれていました。
左手の方向は、この世の地獄、鬼ヶ島、と書かれた看板が。右手の方向には、この世の楽園、桃源郷、と書かれた看板が。
ポケッ太郎たちは、左に行くか、右に行くか、みんなで相談しました。
満場一致、即断即決で、右に行くことに決まりました。
「まあ、少しぐらい寄り道してもいいよね」とポケッ太郎が言うと、「だよねー」と、みんなも答えました。
桃源郷に着くと、そこは辺り一面、見渡す限りの果樹園だったのです。
どの樹木も美味しそうな実がなり、中央には川が流れていました。川の水は鏡のように澄んでいて、川の中もくっきり見えるほどでした。空も高く、どこまでも青い。桃源郷の空気ですら美味しく感じました。
ポケッ太郎たちは、協力して果実を取ることにしました。
ハムスターとコアラは木に登り、ハムスターは果実の手前の茎を揺らし、コアラはその枝を揺らす。カンガルーはその腕力で、その木そのものを揺らす。そして揺すって落ちてきた実をポケッ太郎がキャッチする作戦です。
みんなが配置に着くと、ポケッ太郎は「いっせーのーで」と掛け声をかけました。
みんなの力が一つになり、大きな果実がポロリと落ちてきました。しかし果実が取れた反動で、茎が大きく跳ね、ハムスターが手を滑らせ落ちてしまいました。
果実と同時に落ちてくるハムスター。
ポケッ太郎はサッと手を出し、ハムスターを助けました。
「私を助けてくれたんですね」とハムスターは言いました。
「当たり前だろ」とポケッ太郎は答えました。
「でも、実が落ちちゃいましたね」。ハムスターは言う。
「まだまだ実は、いっぱいあるじゃないか。君は君だけだ」。ポケッ太郎は言いました。
「よーし、もう一度、挑戦だ」とポケッ太郎は、みんなに声を掛けます。みんなは「おー」と応えます。
美しい果樹園にいると、みんなの悩みは消えました。
周りからの期待も、虚勢心も、不安も、誰かの評価も、何もかもが無意味で必要でないような物に思えました。
美しい果樹園にいるだけで、安堵感に包まれるのでした。ポケットを空にしても、何の問題でもなかったのです。
ポケットの中から生まれたポケッ太郎は、ポケーっと過ごすことに決めたのです。
ポケッ太郎と仲間たちは、果樹園で幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
「一番初めに取ろうとして、失敗して落とした桃。川に落ちて流れて行ったけど、それにしても大きな桃だったな~」
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