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かぎっ子の小学生4年生、正樹くんの場合。
「おれは、その……犬に追いかけられて帰り道がわからなくなったんだ」
少しきまり悪そうな顔で正樹君は話し始めた。
その日は給食が嫌いなメニューであまり食べられず、お腹が減っていた。早く家に帰っておやつを食べたかったのに犬に追いかけられて踏んだり蹴ったりだ。ぜえぜえと荒い息をつきながら逃げ切ったことを確認してその場にしゃがみ込んだ。正樹はこのまま寝てしまいたいと思うほど疲れていた。
「え、行き倒れ?」
「ちげーよ! 倒れてねーし!」
突然声をかけられて正樹は反射的に顔を上げて言い返した。そこには小首を傾げたおっとりした雰囲気の女性がいた。淡いクリーム色のワンピースがふわりと風に揺れる。
「ふふ、ごめん、ごめん。なんだか力尽きているって感じだったから」
タイミング悪く正樹の腹がグゥとなった。羞恥に唇を噛み締めてうつむくと、にゅっと目の前に個包装された大きなクッキーが3枚差し出されていた。
「⁉」
「お腹が減るって切ないよね。チョコチップ、バニラ、抹茶、食べれる?」
知らない人から食べ物をもらっちゃいけないと思いながらも正樹の手は受け取っていて、ひとつ封を切ればもう我慢はできなかった。視界の端でポケットからほうじ茶のペットボトルを出すのが見えた。この人、ポケットさんだ。
正樹は噂のポケットさんに会えた事実にじわじわと心が高揚していく。ポケットさんはお助けの人と聴いていた正樹は安心して追加と言って出されたココアとアーモンドのクッキーもたいらげ、ほうじ茶を飲み干した。
「生き返った……」
「ふふふ、良かったねぇ」
ポケットさんは微笑ましそうに目を細めた。その顔があまりに優しかったから正樹は胸がドキドキした。平静を保とうと努力しながら正樹は勢い良く頭を下げた。
「ありがとうございました! お陰で動けそうです。あの、ついでと言っては何ですけど宵川町に行くにはどっちに行けばいいかわかりますか?」
ポケットさんは微妙な顔をしてポケットを漁り、折りたたまれた紙を取り出して広げた。地図だ。じっと見つめると悩ましそうな顔で振り向いた。
「やっぱり隣町だわ。今いる所がここ」
「え」
指差された場所を見ると青森公園とある。確かに隣町の公園だ。幸いなのは隣町といっても宵川町からそんなに離れているわけじゃないことだ。問題はこの地図だと細かい道がわからない。
「ちょっと待ってねー」
「?」
ポケットさんはまたポケットに手を突っ込んでそれぞれ別の場所から紙を取り出した。ドヤ顔で差し出したのはふたつの町の詳細な地図だった。なんでそんなの持っているんだと内心で思いつつ正樹は礼を言って地図を受け取り確認した。わかりやすい。これなら自力で帰れそうだ。
「あれ」
ポケットさんはいなくなっていた。狐に化かされたかと思ったけれど、ちゃんと手には2枚の地図がある。空腹も喉の渇きも治まっているから問題なく帰れるだろう。正樹は口元が緩むのが止められない。あのポケットさんに会えたんだ。すごい体験だ。学校で自慢しよう。
「ありがとうございました‼」
大きな声で礼を言って正樹は足取り軽く帰路についた。
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