かぎっ子の小学生4年生、正樹くんの場合。

1/1
前へ
/5ページ
次へ

かぎっ子の小学生4年生、正樹くんの場合。

 「おれは、その……犬に追いかけられて帰り道がわからなくなったんだ」  少しきまり悪そうな顔で正樹君(まさきくん)は話し始めた。  その日は給食が(きら)いなメニューであまり食べられず、お(なか)()っていた。早く家に帰っておやつを食べたかったのに犬に追いかけられて()んだり()ったりだ。ぜえぜえと荒い息をつきながら逃げ切ったことを確認(かくにん)してその場にしゃがみ込んだ。正樹はこのまま()てしまいたいと思うほど(つか)れていた。  「え、行き倒れ?」  「ちげーよ! 倒れてねーし!」  突然声をかけられて正樹は反射的に顔を上げて言い返した。そこには小首を(かし)げたおっとりした雰囲気(ふんいき)の女性がいた。(あわ)いクリーム色のワンピースがふわりと風に()れる。  「ふふ、ごめん、ごめん。なんだか力()きているって感じだったから」  タイミング悪く正樹の腹がグゥとなった。羞恥(しゅうち)(くちびる)()()めてうつむくと、にゅっと目の前に個包装(こほうそう)された大きなクッキーが3枚差し出されていた。  「⁉」  「お腹が減るって(せつ)ないよね。チョコチップ、バニラ、抹茶(まっちゃ)、食べれる?」  知らない人から食べ物をもらっちゃいけないと思いながらも正樹の手は受け取っていて、ひとつ(ふう)を切ればもう我慢(がまん)はできなかった。視界(しかい)(はし)でポケットからほうじ茶のペットボトルを出すのが見えた。この人、ポケットさんだ。  正樹は(うわさ)のポケットさんに会えた事実にじわじわと心が高揚(こうよう)していく。ポケットさんはお助けの人と()いていた正樹は安心して追加と言って出されたココアとアーモンドのクッキーもたいらげ、ほうじ茶を飲み()した。  「生き返った……」  「ふふふ、良かったねぇ」 ポケットさんは微笑(ほほえ)ましそうに目を(ほそ)めた。その顔があまりに優しかったから正樹は胸がドキドキした。平静(へいせい)(たも)とうと努力(どりょく)しながら正樹は(いきお)い良く頭を下げた。  「ありがとうございました! お(かげ)で動けそうです。あの、ついでと言っては何ですけど宵川(よいかわ)町に行くにはどっちに行けばいいかわかりますか?」  ポケットさんは微妙(びみょう)な顔をしてポケットを(あさ)り、折りたたまれた紙を取り出して広げた。地図だ。じっと見つめると(なや)ましそうな顔で()り向いた。  「やっぱり隣町(となりまち)だわ。今いる所がここ」  「え」  指差(ゆびさ)された場所を見ると青森公園(あおもりこうえん)とある。確かに隣町の公園だ。(さいわ)いなのは隣町といっても宵川町からそんなに(はな)れているわけじゃないことだ。問題はこの地図だと細かい道がわからない。  「ちょっと待ってねー」  「?」  ポケットさんはまたポケットに手を()っ込んでそれぞれ別の場所から紙を取り出した。ドヤ顔で差し出したのはふたつの町の詳細(しょうさい)な地図だった。なんでそんなの持っているんだと内心(ないしん)で思いつつ正樹は礼を言って地図を受け取り確認(かくにん)した。わかりやすい。これなら自力(じりき)で帰れそうだ。  「あれ」  ポケットさんはいなくなっていた。(きつね)に化かされたかと思ったけれど、ちゃんと手には2枚の地図がある。空腹も(のど)(かわ)きも(おさ)まっているから問題なく帰れるだろう。正樹は口元が(ゆる)むのが止められない。あのポケットさんに会えたんだ。すごい体験だ。学校で自慢(じまん)しよう。  「ありがとうございました‼」  大きな声で礼を言って正樹は足取り軽く帰路(きろ)についた。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加