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風馬と同じ職場の先輩(23)の場合。
「風馬さん、ポケットさんのこと調べているんだっけ?」
「はい。え、会ったことあるんですか?」
ハーフアップの髪型がよく似合う先輩、吉住 愛香は苦笑交じりの笑みを浮かべて頷いた。愛香の語るポケットさんはどんな人だろう。期待と緊張に胸を高鳴らせながら記録を取る準備をした。
「あれは、ひとり暮らしを始めた19歳の頃だったわ」
愛香は大学とバイトとマンションの往復で余裕がなかったと振り返る。一際疲れていたある日のバイト帰りに呼び止められて振り向いた。長めのアイボリーのコートに身を包んだ女性がホッと微笑む。
「少し前の信号前で鍵を落としたのを見たのだけど、拾ったところで信号が変わってしまって。良かった、追いついて」
慌てて上着のポケットを確認したら家の鍵がなくて、拾ってもらえていなかったらどうなっていたかと青ざめた。落とさないように深いポケットに入れたと取り出そうとして今度は相手が青ざめた。
「どうしました?」
「あ、ちょっと、ちょっと待ってください。あれ、こっち? 紛れちゃった? あれ?」
ポケットで小物が迷子なるのはまぁあることだから、愛香は探しやすいように持ってあげることにした。のだけど。
ハンカチ、ポケットティッシュ、ウェットシート、地図、メモ帳、ボールペン、絆創膏、湿布、何かの紐、鏡、お菓子、ペットボトルのお茶と水、裁縫道具、自転車の鍵、デジタルカメラetc 持つのが難しくなるほどたくさんの物がポケットから出てきて仰天した。
「あった! あああ、ごめんなさい‼」
見つけて喜びの声をあげたポケットさんは愛香の状態を見て平謝りだった。お詫びにとお菓子とメモ帳とボールペンを鍵と一緒に差し出し若干泣きそうな顔で去って行った。
「あ……ありがとう、ございました」
愛香はすごい速さで姿を消したポケットさんに聴こえないだろうと思いながらもお礼の言葉を呟き家に帰った。くすくすと笑いながら。
都市伝説のように囁かれ始めた噂のポケットさんはちょっとおっちょこちょいみたいだ。自分も何かとポケットに物を入れがちだから気を付けないと。
「その時から整理整頓に気を付けるようになって今に至るのよ」
お陰で家でも職場でも整理整頓が上手いと褒められるようになったと笑う。愛香にとってポケットさんは反面教師だったようだ。
ポケットさんは優しくて、怖くて、おっちょこちょい? 彼女のポケットには一体どれだけの物が入っているのだろう。今日も千森市のどこかにポケットさんがいる。
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