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自宅での暗躍。
気持ちが落ち着いた頃、丁度家に着いた。玄関の扉を開ける。
見覚えの無い、小さなスニーカーが置いてあった。
サイズからして恐らく女物。私は友達を呼んだ覚えはない。そして両親の靴も無いのでまだ出掛けていることを示している。今、家にいるのは聡太だけ。つまり、聡太の女友達の靴、だ。
今日何度目かもわからない、髪をかき上げ耳に引っ掛ける仕草。我が癖ながら鬱陶しくなって来た。やめようかな、これ。そして脳内ではポケットの中に仕舞い込んだレシートの文字が踊り出す。やっぱりそうなんだ。使うんだ。今日、この家で。
深呼吸をする。手を洗いうがいをして、台所へ行きさっき洗ったコップの内の一つを手に持つ。そして二階へ続く階段を睨む。その先には聡太と私の部屋がある。二十一年住んできて、初めて魔界へ通じるトンネルに見えた。
一歩一歩、足音を殺して階段を上る。途中、何度か床が軋んで心臓が締め付けられるように感じた。辿り着いた二階の廊下。手前の部屋が聡太、奥が私。弟はドアを閉めていた。そりゃそうだ。気取られないよう爪先歩きで自室へ忍び込む。外からの音が聞こえるよう、私の部屋の扉は僅かに開けておく。そして聡太との部屋を仕切る壁にコップをそっと押し当てる。耳を付けると隣室の話し声が聞こえてきた。
「もうじき、来るよ」
「そっか。楽しみ」
それは他愛の無い会話に過ぎないはず。話し方もごくごく普通。息が荒れた様子もない。だけど。大人のアレを持っているという事実が私に余計な意味を思い起こさせる。来るって、何が。楽しみって、どれが。
「やるでしょ」
「当然っ」
やるの。当然、やっちゃうの。空いている方の手が髪に伸びかけ、理性で抑える。
駄目だ。二人の会話、全てにやましい行為を見い出してしまう。その時、ピンポンの音が響いた。聡太は十中八九、私が帰って来ていると気付いていない。そして今、私が部屋から出ると家にいることがバレてしまう。彼女と二人でいる弟に姉が帰ったと知られたら楽しみを奪う羽目になるかも。いや、奪いたいけど。そんな楽しみを見いだした聡太とか、姉ちゃん傷付くけど。
案の定、自分達しかいないと思ったのか、聡太はすぐに階下へ降りていった。だけどあっという間に賑やかな足音が戻ってくる。今度は扉の方に意識を集中させる。聞き覚えのある男の子達の喋る声が聞こえた。ええと、確か聡太といつも遊んでいる子が二人いたな。田中君と綿貫君だっけ。笑いながら恐らく三人とみられる足音は隣室へ消えていった。男子が三人。女子が一人。三対一。三対一!?
ちょ、ちょっとそれってどんだけハードなのさ。高校生がしていい次元じゃない。いや大人でもよっぽど豪の者でなければやらない。ただ、一つ腑に落ちた。二箱も買うなんて随分張り切っているなと思っていたけど三人で使うからそれだけ数も必要なんだ。そして最悪の理由だよ、なんて不健全な高校生達だ。憤りながら再びコップを壁と耳に付ける。断じてやましい動機じゃない。高校生達の爛れた状況を確認したら止めに入らなくてはいけない。大人としての責務を全うするために私は聞き耳を立てるのだ、と心の中で何処かの誰かに申し立てる。
「今日こそ一番に上がってみせるっ」
「あはは」
「無理無理」
「綿貫、超弱いじゃん」
「スマホのアプリで一晩鍛えてきたからな。お前ら三人の誰にも負けんっ。革命王と呼ぶがいいっ」
「勝負が始まる前から王を名乗るな」
そっとコップを離す。うん、大丈夫だ。これは絶対にやましい行為じゃない。勘違いする隙も無い。絶対、トランプの大富豪をやるところだ。なんて健全な高校生達だ。日曜日の午後、テレビゲームどころかトランプに興じるなんて。
気が抜けて床に寝転がる。余計な心配をしちゃったな。でも、と脱ぎ忘れていたパーカーのポケットからレシートを取り出す。聡太が買ったことには変わりないんだよね。男子二人が帰ったら使うのかな。ぼーっと天井を見詰めていると、何で勝てんのじゃぁ、と隣室から悲痛な叫びが響いた。
「もう一回! 次こそ絶対革命出来るし!」
「無理無理。お前の考え、わかり易すぎ」
「綿貫君、性格が出すぎだよ」
「くそぉ、次こそ大富豪になりたいっ!」
コップを使うまでもなく会話が聞こえる。これは当分帰らなさそうだな。
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