エマ

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カレンダーを見ると、今日23日☆印がついている。祝日でも休日でもないただの平日。だけど、この日は特別な日だった。 「あら、エマ、おはよう。」 「おはよう、ママ。」 「もう16歳かぁ、早いわね。あんなにちっちゃくてかわいかったのに。」 「そんなに小さくなかったよ。今日は楽しみにしててね。」 「うん。私たちいつものように遅めに帰ってくるから。」 「ありがと。」 今日は一日中かけて誕生日のデコレーションを完成させるつもりだ。他のみんながどうしてるのかはわからないけど、私の家では、誕生日を迎える人が家族をもてなすのだ。 今日私は料理をしたりプレゼントを用意したり家の飾り付けをするつもりで、初めて全部一人でやる。学校はもちろん休むつもり。 「じゃ、私行ってくるわね。火傷には気をつけなね。」 「はーい、行ってらっしゃい。」 すでにパパは会社に行っていた。いつも朝のパパに会えないのは、私が朝起きが苦手だからだ。 ママも仕事へ向かった。バリバリのキャリアウーマンで、私も憧れる。 そして、 「おはよう、エマ。」 彼らが仕事へ向かった後に起きてくるのが、小学生の弟のケンだ。いつもこの時間、いつも8時半に起きてくる。 「ケン!遅刻するわよ!」 「え、ほんと?やばい!」 いつもここで慌ただしくなる。 「ほら、早く!はい、これ、朝のパン。咥えて行ってらっしゃい!」 「ありがとう、姉ちゃん!い、行ってきまーす!」 ふう、と早々に少し疲れた思いで、洗濯機を回し食洗機をかける。腕まくりをし、さて、と私は自分の部屋に向かった。 クローゼットを開けて、隠していた家族3人へのプレゼントをリビングに持っていく。食材のメモも忘れずにポケットに入れた。 「さて、早いうちに買い物に行こっかな。」 家事を済ませ、私は支度を始める。カーテンを閉め、プレゼントをソファの上に置いて。 自分でもわからない謎の鼻歌を歌いながら、家を出て鍵をかけた。 「ただいまー。」 もちろんその声に対する返事はない。ラフな服に着替え、私は買い物袋から取り出した紙の飾りを早速カーテンの上部に取り付けていく。 大好きな音楽をかけ、口ずさみながらひたすらに続け、12時の鐘の音で我に返った。 「えっ!もう12時!?あっでも、これそろそろ終わるし、あとやることは・・・。プレゼントを飾って、お菓子作って料理するだけかな?」 昼食をレンジで温め、簡単に食べる。食後、使った皿をシンクに置き、そのままの足でプレゼントをリビングの中央にセットする。 色とりどりのシンプルな箱に入れられた、思い思いの品。それをカーテンに飾り付けた「THANK YOU」の文字の真下に丁寧に並べていく。明かりのついていない薄暗いこの部屋も、キラキラした紙飾りのおかげか少しまぶしく輝いているように見える。 そして、私はキッチンに向かう。 「ふんふふーんふふーん♪」 なんて鼻歌を歌いながら、スマホに映ったレシピを見てオーブンの電源をつける。 「今日はクッキーを焼こうと思います!」 3分クッキングさながら、オーブンの起動音だけが響くキッチンに私の声が浮き上がる。 ボウルに入れた材料をまぜ、クッキーの形に整えて、オーブンで焼き上げる。その工程をママに言われた通り安全にでも美味しく仕上げていく。出来上がったものは冷蔵庫にしまって、さてと腕をまくった。 「さて、あとは今日の夜ごはんだね。今は、17時。ベストタイムだね!ちょうど帰ってくるころに作り終わりそう。」 気合を入れる私の脳裏には、家族の笑顔が思い浮かんでいた。 今日は私の娘の誕生日。今年初めて娘が私たちをもてなすのだ。正直すごく楽しみだった。あんなに小さくてお転婆だった娘が、料理。いつの間にそんなに大きくなっていたのだろう。成長がうれしいようでさびしい。 家の前につくと、長男と夫が私を待っていた。誕生日恒例だ。みんなで一緒に家に入ってお祝いするしされるのだ。 夫が私を見てうなずいた。準備は整っているようだ。 「ただいまエマーっ!」 「おかえりなさーい!」 戸が開く音に娘のエマがすっ飛んできた。彼女はエプロンをしていた。その姿に少しうるっときた。 「もう、ママ!泣くのはまだ早いよ!ほら、みんなも早く中に入って!」 「うんうん。」 娘の笑顔と漂う料理の香りに仕事の疲れは吹き飛んでいた。 リビングに入って目に飛び込んできたのは、「THANK YOU」の飾りとプレゼント。それを見て涙はもう抑えられなかった。視界に夫も泣いているのが映った。 「ママ、パパ、ケン。」 呼びかけた娘の笑顔を、少し赤くなった瞳で見つめる。涙はいつの間にか頬を伝っている。 「今までありがとう。私はみんなと過ごせたから楽しかったし、ここまで育ててくれてほんとにありがとう。でも、これからもよろしくお願いします。ほんとに大好き!」 そう言って手を広げ、私たちに抱きついてきた。 私もほぼ同時に抱きしめにいっていた。そこに言葉はいらない。私たち4人は涙が燃え切ってしまうまで1つになっていた。 エマが作った料理の、バジルの香りと焼けたクッキーのいい匂いが、私たち家族をそっと包んでいた。 最高の誕生日だよ、エマ。
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