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本当の気持ち
一層濃くなった墨のせいか、視界が悪い。
それでも、愛を食べた泥魚の位置はわかる。
愛を飲み込んだ腹が光っているからだ。
けれど、だんだんその光も弱まっている。
直感で、光が消えるまでに助け出さなければならないと思った。
(速い!)
懸命に手足を動かして泳ぐが、徐々に距離を離されている。
(やっと愛の気持ちを聞けると思ったのに……また置いていかれるのか?)
遠ざかっていく光が、玄関から出ていく母の姿と重なって見える。
知希はいても経ってもいられずその言葉を叫んでいた。
「お姉ちゃん!」
突如、光の進みが悪くなった。
その隙に泥魚に追いつくと、泥魚がヒレや尻尾を激しく振って暴れている。
(何で急に?)
不思議に思って首を傾げてみるも、腹の方を見てハッと息を呑んだ。
光がさらに弱まっている。
知希は焦って拳で腹を叩く。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
どれだけ呼びかけてみても、光は輝きを失っていくばかりだ。
一際強く腹を叩くと、泥魚が勢いよく振り返り、見えない目を突き出して威嚇してきた。
知希は一瞬身をのけぞらせる。
しかし、すぐに強い眼差しで泥魚を見つめ返し、自分の額と泥魚の頭を突き合わせた。
「その人を連れていくことは許さない」
大粒の涙が墨の中に滲み出て、シャボン玉のようにふわふわと漂っていく。
「お腹が空いてるなら、宝物をあげる。だから、お姉ちゃんを返して」
ポケットから二枚の写真を取り出し、泥魚の大きな口の中へ放り込む。
満足げに咀嚼を始めた泥魚が、すぐに体を硬直させた。
その場で激しくのたうち回りる。
口を大きく開けて喘ぐような仕草をしたかと思うと、腹の中のものを一気に吐き出した。
真っ黒な墨だらけになった愛が、泥の花の上に投げ出される。
「お姉ちゃん!」
知希が愛を抱き抱えると、愛はうっすらと目を開け、墨だらけになった手で知希の頬を優しく撫でた。
「あたし、あんたのことが嫌いな訳じゃなかったの」
知希は目を見開き、泣きながら笑った。
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