3人が本棚に入れています
本棚に追加
前を向いて
動かなくなった泥魚が溶けて消えると、二人は向かい合って今後の話をし始めた。
知希が頭上を仰げば、釣られるように愛も見上げる。
「遠いわね、出口」
「うん、そもそも上が出口なのかもよくわからないけど、入ってきた時は下に向かう途中だった」
「この墨も上の方が薄くなってるものね。でも、一番上がどこかはわからないし、泳いで行ける距離かもわからないわ」
「さっきの魚みたいなのがいないとも言えないしね。もうあんな怖いのいやだよ」
知希が顔を顰めると、愛はふと何か思い出したように目を見開きこちらを向いた。
「そういえば、さっきの魚って、あたし達の大事な写真を食べたらやっつけれたのよね?」
「ん、そうだね」
「餌がゴミで、宝物は嫌い……これ、この世界全部がそうなんじゃない?」
知希も、あっと声に出した。
「そっか、元々ここは俺のゴミ箱だったから、宝物はあるべき物じゃないってことか」
一瞬輝いた知希の顔は、すぐに曇ってしまった。
愛が不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「どうしたの? せっかく出る方法がわかったのに」
「……誰かの宝物になるって、どうすればいいんだろう」
知希は消え入りそうな声で答えた。
頭の中では、いつだって自分を置いて立ち去る母の存在が居座っている。
呼びかけても振り向いてもらえず、自分は捨てられてしまった……所詮その程度の価値なのだ。
虚な表情をしていると、愛は頭をかいてため息をついた。
「全く、これだから男子はお子ちゃまなのよ」
「え、何?」
「任せて! 私はお姉ちゃんなんだから!」
愛は胸を張って手でトンと叩いてから、知希の腕を掴み引き寄せた。
ほっそりとした両腕に、知希の体が包み込まれる。
柔らかくて、温かかな感触だった。
「私のかわいい弟、大好きだよ」
心臓がドクンと高鳴った。
泣きたいような、むず痒いような、不可思議な感覚が込み上げてくる。
知希は見開いた目をそっと閉じて、愛より少し小さな手を彼女の背中に回した。
「僕も、お姉ちゃんが大好き」
二人の足元に光が落ち、白い花が咲く。
一つ、二つとあっという間に数を増やしていき、瞬く間に辺り一面が花畑になる。
やがて底が美しい花で満たされると、まるで夜明けの空のように、上方に向けて墨が鮮やかなラベンダー色に変わり、大きな虹の架け橋がかかった。
最初のコメントを投稿しよう!