前を向いて

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前を向いて

   動かなくなった泥魚が溶けて消えると、二人は向かい合って今後の話をし始めた。  知希が頭上を仰げば、釣られるように愛も見上げる。 「遠いわね、出口」 「うん、そもそも上が出口なのかもよくわからないけど、入ってきた時は下に向かう途中だった」 「この墨も上の方が薄くなってるものね。でも、一番上がどこかはわからないし、泳いで行ける距離かもわからないわ」 「さっきの魚みたいなのがいないとも言えないしね。もうあんな怖いのいやだよ」  知希が顔を顰めると、愛はふと何か思い出したように目を見開きこちらを向いた。 「そういえば、さっきの魚って、あたし達の大事な写真を食べたらやっつけれたのよね?」 「ん、そうだね」 「餌がゴミで、宝物は嫌い……これ、この世界全部がそうなんじゃない?」  知希も、あっと声に出した。 「そっか、元々ここは俺のゴミ箱だったから、宝物はあるべき物じゃないってことか」  一瞬輝いた知希の顔は、すぐに曇ってしまった。  愛が不思議そうに顔を覗き込んでくる。 「どうしたの? せっかく出る方法がわかったのに」 「……誰かの宝物になるって、どうすればいいんだろう」  知希は消え入りそうな声で答えた。  頭の中では、いつだって自分を置いて立ち去る母の存在が居座っている。  呼びかけても振り向いてもらえず、自分は捨てられてしまった……所詮その程度の価値なのだ。  虚な表情をしていると、愛は頭をかいてため息をついた。 「全く、これだから男子はお子ちゃまなのよ」 「え、何?」 「任せて! 私はお姉ちゃんなんだから!」  愛は胸を張って手でトンと叩いてから、知希の腕を掴み引き寄せた。  ほっそりとした両腕に、知希の体が包み込まれる。  柔らかくて、温かかな感触だった。 「私のかわいい弟、大好きだよ」  心臓がドクンと高鳴った。  泣きたいような、むず痒いような、不可思議な感覚が込み上げてくる。  知希は見開いた目をそっと閉じて、愛より少し小さな手を彼女の背中に回した。 「僕も、お姉ちゃんが大好き」  二人の足元に光が落ち、白い花が咲く。  一つ、二つとあっという間に数を増やしていき、瞬く間に辺り一面が花畑になる。  やがて底が美しい花で満たされると、まるで夜明けの空のように、上方に向けて墨が鮮やかなラベンダー色に変わり、大きな虹の架け橋がかかった。
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