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「おーい、この日休みの男連中で空いてるやついるか? 真鍋の引越し手伝ってやってくれ。一人暮らしで荷物も少ないから内輪でやったほうが早いだろ。車は店の軽トラ二台貸すから」
店長からのお達しによって、アオの引っ越しの手伝いをすることになった。その日休みで行けたのは、俺と持田ともう一人。店で落ち合って彼女の部屋へ向かうと、すでに荷物は綺麗に段ボールにまとめてあり、ベッドやテーブル、冷蔵庫や洗濯機などの大きなものを運ぶのみだった。
「お休みのところ手伝ってもらっちゃってすみません。ありがとうございます」
彼女がかしこまって俺たちに頭を下げる。
「手当は店長に請求するんで大丈夫っす!」
持田が手際よく荷物を運びながら笑った。さすが配送担当だけあって仕事が速い。俺も売り場の家具の移動はするから慣れているつもりだったけれど、まったくかなわなかった。
あれよあれよという間に全員で荷物を二台の軽トラックにのせ、アオと持田は前の車に、俺ともう一人は後ろの車にそれぞれ乗り込んで、新居へ向かう。
アオと同じ車に二人きりでないことが面白くない気がして、そんなことを思う自分にも呆れてしまって複雑な気分だった。
新居は車で十五分ほどの近場にあり、エレベーターもついているから搬入もすぐにおわった。
「みなさんありがとうございました! おかげさまで無事引っ越しできました!」
心ばかりですけど。アオがみんなにポチ袋を配る。いらないよ、と戻そうとするも、
「当然の対価です。もらってくれなかったら私ここで服脱いで暴れますよ? いいんですね?」
服の裾に手をかけ謎にすごむので、みんなありがたく受け取った。服脱いで暴れるってなんだ。反応に困るだろ。
「オレらちょっと車動かしてきます」
二人が部屋を出て行って、俺とアオ、二人きりになった。
「……いい部屋だな。日当たりいいし。細々した荷ほどきとか、手伝おうか? 俺この後ヒマだし」
俺はまだカーテンのかかっていない窓の外を眺めたあと、『食器』とマジックで書かれた箱に触れた。アオの丸っぽくて、読みやすい字。
きっと実家にいたころから使っているんだろう年季の入った明るい木目調のテーブルには、古ぼけたキャラもののシールが何枚か貼られている。白のテレビ台は、昨年売り場で展示処分になったものを安くで購入していたものだ。あの展示品は、俺が組み立てたやつで間違いない。展示中に扉の取っ手が壊れて、合いそうな部品を選んで取り付け直した。
箱だらけでまだ「部屋」にはなっていないし、インテリア的にはちぐはぐな部分も多い。それなのに落ち着く。ほっとする感じがする。理由はもうわかっている。ここがアオの部屋だからだ──。
「もう十分手伝ってもらったし、あとは一人で大丈夫です。明日妹も来るんで」
「……そっか」
突然ピシャリと扉が閉ざされた気がして我に返る。何を言ってるんだ俺は。社内恋愛なんかつらいだけだって、自分でも十分わかってるじゃないか。断ってもらえてかえってよかったかもしれない。
「……私、寄りかかりたいとか思ってないですから。自分の力だけではどうしようもないことは、こうやって助けてもらいますけど。自分でできることは、自分でやります。私は私です」
急に何を言い出すのかと呆気に取られていたら、アオが自分の上着の膨らんだポケットから何かを取り出し、俺に投げてよこした。胸元で受け取ったそれは。
「車準備できましたー! 帰りましょっか」
玄関口から持田の声がした。俺が何か言う前に、今日はほんとにありがとうございました、とアオが深く頭を下げる。俺も、じゃあ、とだけ言って部屋を後にした。ドアを閉める前に一度アオを振り返ったけれど、逆光に切り取られた彼女の姿形が見えるだけで、その表情は見えなかった。
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