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 エレベーターの中で、さっき受け取ったものを手に考える。  もうとっくに冷めてしまっている、おしるこの缶。  これが何を意味するのかわからないほど、鈍くはないつもりだ。アオは、私は私です、と言った。確かに、あの子はあの子。アオはアオだ。俺はあの子や社内恋愛や噂話をする周りのせいにして、何よりも大事なことを、気持ちを、ないがしろにしているだけじゃないか──。 「ごめん、忘れもんした。この後用事あるし先帰ってて。俺電車で帰るわ」  車に乗り込もうとする持田に告げて、もときたマンションへと引き返す。エレベーターのボタンを押すも、なかなか降りてくる様子はない。三階だから、階段で行けばすぐだ。すぐ脇の階段を一段飛ばしで駆け上がり、アオの部屋の前で息を整える。心臓がドキドキ言うのは走ったからなのか、これからを思ってのことなのか、恐らく両方だろう。俺は一度大きく深呼吸をした後、覚悟を決めてインターホンを押した。 『はい?』  くぐもったアオの声に向かって、「俺。滝沢です」手短に言うと、ドア越しに足音が近づいてきて、鍵が開くと同時にドアが開いた。驚いた顔のアオがいる。 「どうしました? 忘れものですか?」  アオが部屋を振り返っている間にドアをこじ開け、半ば強引に中へ押し入り、後ろ手でドアを閉める。持っていたおしるこの缶をアオに突き付けると、何が何やらといった様子で彼女がそのまま受け取った。 「俺、また、ここに来たいんだけど」 「……それはどういう意味で、ですか?」  その目に茶化すような色はない。ゆっくりとアオに近づいていく。アオは逃げずに、真っ直ぐに俺を見ている。俺はアオの右側の髪に手を伸ばして、顔を近づけた。アオの潤んだ黒い瞳が、俺の影で埋め尽くされていく。  アオが目を閉じるのが先か、俺の唇が先か。アオの荷物や気配がそこここに咲く薄暗い部屋で、初めてアオに触れた。「恋人」として。
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