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「わっ!」  職場を出た曲がり角から、真鍋アオが飛び出してきた。夜道で人が飛び出てきたら、男の俺だってさすがにビビる。俺はまだおさまらない心臓に左手をあてながら、「ん」アオに右手をのばす。アオが「ん」頷いて俺の隣に回り込み、俺のコートの右ポケットに、自分の左手を突っ込んだ。 「おい、そうじゃねぇだろ」 「アハハ」  アオがポケットから出した手を、待っていた俺の右手に絡ませる。 「こんなに手、冷やして。事務所の中で待ってたらよかったのに」 「だって。事務所に妖怪オツボネンがいたんだもん」  俺とアオが働く家具用品店には、店長よりも古株の大橋さんというおばさんがいた。アオはこの大橋さんのことを『妖怪オツボネン』と呼ぶ。なんでも「たいして仕事もできないくせに滝沢くんに取り入るのは一丁前」だの「男漁りするために仕事に来てる」だの陰口を叩かれているのを聞いてしまったからだと言う。ただの「お局」じゃ言い足りないと、それ以来このあだ名だ。俺のことで何を言われても独自のユーモアで乗り切るアオは、案外最強かもしれない。  俺は隣を歩く最強な彼女、アオの横顔に目を向ける。気付いたアオも俺を見て、目を細めてニッと笑った。
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