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体温で溶かして
「あれ?」
身につけている黒いコートのポケットの中に、見覚えのないもの……手のひらサイズの赤いパッケージのチョコレートが入っていた。俺は首を傾げる。こんなものを入れた覚えは、無い。いったい、どうして……?
ぼんやりとそのチョコレートを眺めていると、背後から「お疲れ〜」とのんびりした声がかかる。俺はその声の主を振り返って見た。そこには、茶色いコートをゆるく着こなす彼氏が立っていた。
彼氏は俺が持っているチョコレートを見て、目を輝かせる。
「食べごろになってるかな〜?」
「食べごろ?」
「ふふん」
彼氏は俺の手からチョコレートを奪うと、指で何かを確かめるように弄りだす。
「う〜ん、もうちょっと……」
「な、なあ……俺のポケットにそれを仕込んだのはお前か?」
「うん」
彼氏は笑顔で頷く。
「君は体温が高いから、夜の今ごろの……待ち合わせの時間にちょうど良いかたさになってると思って」
「な……」
つまり、彼氏は俺をカイロ……いや、電子レンジみたいなものの代わりにしたのか?
一緒に住んでいるのに、まったく気が付かなかった!
「……ちょっと溶けてるだろ、それ。さっき触ったけど……」
「僕、柔らかいチョコレートが好きなんだよね〜。口の中ですぐ溶けるくらいの」
彼氏が俺の耳元で囁く。
「君のくちびるくらい柔らかいのが好き」
「な……!」
「ふふん」
笑いながら、彼氏はチョコレートを両手であたためる。
手袋をしていないその手はとても冷たそうだ。
「……食事してる間に、もうちょっと溶けるんじゃないか?」
今日は二週間に一度の、夕飯を外で食べる日だ。
レストランの室温で、きっとチョコレートは今よりも溶けるだろう。
俺の言葉に彼氏は「そうだね〜」と頷きながら、チョコレートを俺のポケットに入れてきた。俺はそっとそれに触れながら言う。
「自分で持たないのか?」
「君の温度で溶けたやつがいいの〜」
可愛い。
その言葉を口にする代わりに、俺は彼氏の手を取った。やっぱり、冷たい。
繋いだ手を見て、彼氏は嬉しそうに笑う。
「君の体温で、僕まで溶けそう〜」
「溶かしてやるよ、どんなものでも」
「ふふん。男前〜」
肩を並べて、レストランに向かい歩き出す。
しっかりと、手を繋いで。
そういえば、もうすぐバレンタインデーだと思い出す。
その日には、溶けない形の残るものをプレゼントしよう。
たとえば、指輪とか……。
「嬉しそうだね〜。ハンバーグ楽しみ?」
「……そうだな」
そう答えて、ゆるむ顔を誤魔化す。
チョコレートに負けないくらい甘い日を迎えるのが、今から待ち遠しくて仕方がなかった。
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