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 短い単語をいくつも繋げる詞をシーはあまり好まない。しかし波の動きを表現するにはこれしかない、と、三連符を繰り返すリズムの歌い出しを今回は用意した。細かいながらも明瞭な一言ひとことが、波の粒だ。  浅い夜に音は散らばり、青や紫色になって、足の甲を撫でていく。  おれはそれらを巻き上げ、自分も波に溶け込むようにステップを踏む。泡立つ。砂へ染み込む。広がる。ひときわ大きな流れの一部になる。波は自由なようでいて、地球に縛り付けられている。  寄せて、返し。規則的だとか不規則だとか、どうでもよくなる。波に聞いたって教えてくれない。自分の力と、それ以外の力のせめぎ合いの結果がこのかたちだ。  そろそろ朝日が顔を出す。潮の満ち引きに従って、まだ移動をするだけだ― 「―……ぁ、」  東の方角へ顔を向けても、暖かい光を感じられない。太陽が見えない。  たたらを踏む。砂に足を取られる。どうして暗いままなんだ? 日の出の時間になっても曇り空が晴れないからだ。  暗い、寒い、海水の冷たさが体温を奪っていく。からだが重い。止まりそうだ、足がいうことをきかない、持ち上がらない、踏みつけているはずの砂はどろどろに粘度を増しておれの足を呑み込もうとする。引いた波は、硬い壁のような大きな波に変化して、  おれは、なみにさらわれる。  口からも鼻からも海水が入ってきて呼吸ができない。やみくもに手足を動かしても苦しくなるだけだ。溺れる、暗い、黒い、寒い、夏の夜の海で。  最後の力を振り絞り、左手を真っすぐに伸ばす。  手が届くわけはないが、一瞬だけ顔をのぞかせた太陽で充分だった。顔を照らす、眩しい光―シーの歌で呼吸ができるようになる。光に生かされている。灯台を見失った船が再び灯りを見つけたときも、きっとこんな感覚がするんだろう。  陸に上がりステップを刻みつける。晴れ間を望みながら。波粒に反射するダイヤのような朝焼けを浴びながら。
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